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小説 「蛇口をひねる」第二話

 声のした方を振り返ると、そこには今日もう出会わないはずの人物がいた。
凛だった。
この時間は吹部の活動時間のはずだ。うちの吹部は強豪だから、サボりなんてしたらどうなるか分からない。
しかも凛はとにかく真面目で、部活をサボったことなど一度もない。
どうしたんだろう。
戸惑いを隠しつつ、応える。

「やっほう…?」

突然、凛が笑った。

「あはははっ!!れーちゃん、ビックリしすぎ!」

どうしちゃったんだろう。

「実はね、今日ね…」

意識が、目の前の凛に向かうのを感じる。
遠くから聞こえるトランペットの音。
いや、トロンボーンか。それともトランペットで合っているのか。
分からない。
こんなにうるさいはずなのに、やけに静かだ。

「部活、」

「辞めてきたんだ」

一つ一つ絞り出すように、凛は言った。
私の頭ははてなマークでいっぱいだ。凛が、どうして?

「だから、ここに入部させて欲しい」
「うん、いいよ」

無意識のうちに肯定の言葉が口に出る。
未だ理解できない。
でも凛に理由を聞くなんて、絶対にしてはいけない。自分のエゴを満たすためだけの詮索が、他人にとってどれだけ迷惑か。
きっと凛には、何かがあった。それで凛はきっと、今とても悩んで、苦しんでいる。
私は今凛を助けることは出来ない。けれども、これ以上傷つけたくは無かった。
そうしていると、凛が手をバタバタさせながら、
「あ、あ、いや、突然ごめん…」と言った。
いつもの凛に戻ってほっとしつつも、頭は必死にこれから何をすればいいか考えている。これが正解か。それともあっちか。

「ねえれーちゃん、今まであったことをおし…」

「教えなくていいっ!!」

気づけば、口から言葉が飛び出して。
一瞬の沈黙の後、また、ぱーっ、ぱーっ、というトランペットの音が耳に戻ってきた。

「ごめん、そういうつもりじゃ、なくて」

平静を保って。慌てずに答えれば、真摯に謝れば。
いける。

「私に話すことで、思い出したくもないことを思い出すのなら、何も私に教えなくていい、ってことが言いたかっただけ、
…本当、ごめん」

そういうと、凛はいきなり、ハッとするほど柔らかい表情になって。
「…ありがとう」


 次の日の朝早く。
私は凛と共に職員室に行き、担任と図書研究部の顧問(形式だけのものだが)に凛の入部届を提出した。
2人で駄弁りつつ自分達の教室に戻ると、凛が教室の開いていたドアを全て閉じた。
突然のことに私が何も言わずにいると、凛が口を開いた。


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