無題
「いやあ僕、好きなんですよね。
ドラえもんの『行かなきゃ』みたいな話。
そうそう、ある種の都市伝説ですよ。
今風に言えば“ネットロア”って呼ばれるものですかね。
内容をざっくり言えば藤子先生が亡くなった夜遅くに、
「のび太がただ歩く映像が暫く続いたあとに一言『行かなきゃ』という言葉を呟き、そこで放送は終わる」という放送があった、というものです。
ええ、ほんとに荒唐無稽ですし、何より不謹慎ですよね。
テレビの放送枠は簡単に動かないし、そんな深夜に一体誰がコンテ切って絵を書いて動かすのかって話ですよ。
「『行かなきゃ』という声が藤子先生の声だった」という話もありますけど、
一言声を聞いただけで藤子先生って分かる人は家族がマニアくらいだって(笑)
で、調べたらわかるんですけど、こういうのって大体、同じような話が同じような時間帯に大量に投稿されてて。
連投なのかある種の集団ヒステリーなのか分かんないですけど。
まあ、だから面白いんですよね。
明らかに造り物で、出どころ不明の話だから想像の余地もあるし、
少し不謹慎な内容でも“悪ふざけ”の範疇に収まる。
“それ”は全然面白くない。
だって、僕の会社のアーカイブから見つけてきたんだから(笑)
またこれが“面白みのない”もんなんですよ。
都市伝説的に全く“面白みのない”笑えるカットで。
膝に元太を抱えてるんですけど女の人が。あ、そうです少年探偵団の太った子。
で抱えてるんですけど、ちょこんと乗せるとかじゃなくてなぜか向かい合ってて。
そう間近で見つめ合ってる形になってる。
なんか元太の体型も相まって、挿入ってる感じにみえるっていう(笑)
すいません汚い話で(笑)
そんで横にいるコナンはそれに見向きもせず正面を見据えててこっちと目が合う(笑)
作画もちょっと変で、女の人は浮いてるし、コナンにだけ影がないから雑コラみたいになってる(笑)
まあ怖くないんですよね全く。
『タレント』とか『ごめんね、オラもう…』みたいな不気味さが皆無っていうか。
まあ、本物ってこんなもんですよ(笑)
やっぱ都市伝説って色んな人が広めていくうちに“都市伝説”になるんだなぁ、って。
すみません、こんななんの曰くもない話で(笑)
こんなんでいいですか?(笑)」
――
彼の虚ろで濁った冷たい目。表情の追いついていない笑い声。背景の和室に映る夥しい数の印刷された“カット”。
通話を切ったあと、悍ましい静寂に耐えかねて知人にそのまま連絡する。
「両親の農家を継いだ、上京したことは受験のとき以降殆どないと思う」
彼を紹介してくれた共通の知人は話してくれた。
「アイツがネットにハマってからちょっと様子がおかしくてさ。それで最近は疎遠なんけど。」
「色んな人に“都市伝説に興味あるやつはいないか?”って聞きまくってて。お前そういうの好きじゃん?」
「まあ、気にすることないって!アイツ結構話盛るタイプだから!」
暫くの歓談は「都市伝説で楽しませようとした」という凡庸な結論に落ち着いた。
所詮は作り話、そもそも彼はアニメ関係者ですらない。
全て造り物なのだから楽しめばいいじゃないか。
知人との通話も終わり、PCを切ろうとしたそのタイミングで、
彼からチャットが送られてきた。
『“本物”なのでまったくもんだいないですよ!!w』
添付されたその“カット”を、
開くことも消すことも私には出来そうにない。
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