白いカラスと空飛ぶ熊
久しぶりに金曜日の24:00過ぎの有楽町線に乗ったら、ふとサラリーマン時代の出来事を思い出した…
20年程前、某大手電機メーカーに勤めてた頃、俺は「空調機器第一課」に所属してた。
俺は課で一番下っ端で、先輩上司達に毎晩飲みに誘われ、始めの頃は素直に行ってたが、上司達の話題が仕事の話ばかりで、余りにもつまらなかったし、あの頃は酒も美味いと思わなかった事もあり、なんだかんだ理由を付けて行かなくなって行った…
そんな上司の中に、北海道出身40代のちょっといい加減で気難しい福ちゃんと、千葉県在住の「頑固で生真面目、世渡り下手だから60過ぎても係長止まり…」と陰口を叩かれてる誠さんの二人の絡みだけは、いつも子供の喧嘩みたいに馬鹿馬鹿しくて大好きだった。
ある日、俺の隣の席の福ちゃんに「今日は金曜日だし、誠さんも来るから、藤井君もたまには行こうっ!なっ!」と、誘われ「たまには行かないとマズイな…」と思い、行く事にした。
空調機器第一課一行の行きつけの店は何件かあり、あの日は確か本郷三丁目の蕎麦屋に6〜7人で、物凄くデカくて真っ赤で綺麗な夕日が落ちかける頃に入って行った…
みんな赤ら顔になって来た頃、誠さんが得意げに「こないだウチの庭でね、白いカラスを見たんだよ…」と言いだした。
すると酔っぱらったみんなが、「はぁ?白いカラスゥ?誠さん、何を言い出すんですか?
見間違いでしょ!
あのねっ誠さん、カラスは黒と相場は決まってますからっ!鳩でしょっ!鳩!」
「鳩じゃないぐらい私にだって分かりますよっ!馬鹿にしなさんなっ!真っ白なカラスを見たのっ!」
と、初めは笑いながら言ってたが、なにぶん生真面目で、年寄りなもんだからみんなに
「夢じゃないの?テレビでみたんでしょ?」とか笑いながら言われ、みるみる不機嫌になり、子供が怒った様な顔になっていった…
すると、福ちゃんが誠さんに気を使い、話題を変えようとして
「じゃあ、北海道の熊は空を飛ぶの知ってますかみなさん?ピューっと10mぐらいねっ!こんな感じでピューっと…」
と、全く「空飛ぶ熊には見えない」ジェスチャーを大袈裟にしながら言ってる福ちゃんに、
不機嫌モード全開の誠さんが
「ヘェ〜、その熊には羽根が付いてて飛ぶのかね?ヘェ〜…」
と憎まれ口を叩いた。
すると、福ちゃんも
「人が気を使って言ってやってんのもしらねぇで…」
と言わんばかりに、すかさず反撃に出た。
「ま〜ことさん、その白いカラスはカァカァと鳴いてましたかっ?カァカァとっ?」
いつもよりもややムキになってる2人を見て、コレはマズイと思い、
「まあまあ、突然変異ですよきっと!白蛇みたいで縁起物じゃないですかぁ?
でも、熊はなぁ…
まあ、両方いると言う事で良いじゃないですか!」
と無理矢理まとめようとする俺に向かい、
こらっ!藤井っ!「パスポート無くしたなんて嘘ついて入社を1ヶ月も遅れる不良社員に何がわかるっ!えっ!」と…
なんなんだよこの酔っ払いジジイどもはっ!
さすがに一番下っ端の俺も、酔いも手伝って黙って聞いてんのがバカバカしくなって来ちゃって、
この際だから俺もプチ爆弾を投下してやるっ!と思い
「今だから言いますけどねっ!実はパスポートなんて失くしてなかったんですよっ!
本当のこと言うと、エジプトのカイロで小学生の頃に「こいつと絶対会う!」と決めてたスフィンクスと睨めっことかしてたら、サラリーマンになるのがドンドン嫌になって来ちゃって…
え〜い、この際だからパスポート無くした事にして、インドに寄ってのんびりしちゃえ〜〜!」って旅行を1ヶ月延長しちゃったんですよっ!
みんな突然の展開に、口をアングリ開けながら俺の話しを聞いていた…
でも、親孝行の為に入った大企業だし、色々と世話してくれた人達にも悪いしなぁ…
とインドで「噛みタバコの赤い唾を道端に沢山落ちてる牛のうんこに、物凄い確率で命中させるインド人達」を見てたら、何故かそう思って来て…
そこで、小林課長が
「藤井君、藤井君、ものの例えが変ですねぇ…
スフィンクスと睨めっことか、牛のうんこに唾を命中とか…」と、チャチャを入れて来たのを、キッ!っと睨みつけ、話しを続けた。
そう、それから帰国して僕を秋葉原の電気屋のマネキンから、大手電機メーカーに引き抜いてくれた人に電話して謝ったら「バカ野郎!心配したんだぞっ!」って怒られて…
遅れた分、頑張って仕事しろっ!って入社させて貰ったんですよ…
でも、やっぱ僕には合わないみたいです、この会社とこの仕事…
すると、場の雰囲気が一瞬シーンとなり、自分の会社と仕事を、新入りの若僧に否定されたおじさん達の顔がみるみる険しくなっていった…
思いのほか、ヤバイ雰囲気になったので「い、いや、あくまでも僕が社会生活不適合者であって、会社とかサラリーマンを否定する訳では全く無く…」
と言ってるのをさえぎるように
「そ、そ、それは聞き捨てなりませんなぁ、藤井君…」と静かにお叱りのラッパが鳴り響いた…
その後は「大企業のサラリーマンが如何に安定した職業だっ!」と言うような事を寄ってたかって注入され、「やっぱ来なきゃよかった…」と後悔する羽目になった…
そして、全力で真剣に聞いてるフリをして、もう限界だぁぁぁ!
と思って、「先輩方のありがたいお言葉を忘れず、明日から立派なサラリーマンとして頑張りま〜〜す!」と、心にも無い事をわざとらしく元気良く宣言して、まる〜く収めた。
しかし、誠さんだけは、なんと無く納得いかない感じなのが気に掛かった…
いつもそうだが、最後は和気あいあいの雰囲気でお開きになり店を出た。
帰りの電車が有楽町線で一緒の福ちゃんと二人で帰る事になり、「空飛ぶ熊と白いカラス」で、かなりテンション高めの福ちゃんは、電車の中でも上機嫌極まりなく
「なあ、ふっ、ふっ、藤井君!白いカラスなんているわけ〜〜、無いよなっ!げふぅぅ…ちょっとそこの女の子に聞いて見ろ!ほら、聞いて見ろ!馬鹿野郎!」と、混んでる電車の俺と福ちゃんの間に挟まった感じで乗ってた、大人しそうな若いOL風の女の子を見ながら言った。
女の子は、俺と福ちゃんの間にいるので、福ちゃんの言ってる事は全部聞こえてて、ひきつりながら薄ら笑いを浮かべてる…
福原さんっ!やめて下さいよっ!ほら、迷惑だからっ!
すると、その女の子が
だ、大丈夫ですよ…
迷惑なんか…
「でも、白いカラスは見たこと無いです…
面白いですね。」
と、恥ずかしそうに言った…
それを聞いた福ちゃん、「ほ〜〜ら見ろ!藤井君っ!白いカラスなんか見たこと無いって言ってんだろっ!ほ〜ら、ほ〜ら、あっ!それとねぇ、こいつねぇ、パスポート無くしたなんて嘘ついて入社一カ月も遅らせたんですよっ!悪い奴でしょう!ゲフッ…」
だからぁ…
そんな事言ってもわかんねぇっつ〜のっ!
ったく!この酔っぱらいがぁ!と、ついタメ口で突っ込んでしまった…
あっ、やべえ…
と、福ちゃんの顔色伺うと「 酔っぱらってませんろぉ〜〜だっ!」と、ろれつが回ってなかった…
そんな福ちゃんを見て、クスクス笑ってる女の子。
あれっ?この真面目っ子、まんざらでもなさそうだぞ、
チョット笑わせてあげよっかなぁ…
と思った俺は、じゃあ「北海道の熊はぴゅ〜っと10mも空を飛ぶの知ってる?ぴゅ〜っと。」
と、女の子に聞いてみると、
「ぴゅ〜っと飛ぶんですか?熊が?ふふふふ…」
すると福ちゃんが「信じられないでしょう、東京の人には…
俺は何回も見てっからっ!あれっ!営団成増?もう着いちゃったよ…
はえ〜なぁ〜有楽町線は…」
後は若い2人で仲良くやってよっ!ねっ!
そんな無責任な言葉を吐き捨て、福ちゃんはふらふらと降りて行った…
突然2人になってしまい、その子が可愛い子なら「キャッホ〜〜!」ってなもんだが、全く俺の好みではない上、物凄く真面目そうな子だったので、変に気まずい雰囲気になってしまい
「ヤバイよぉ〜この展開…な、な、何か上手い事言わないと…」
と考えながら「別に有楽町線って特別早くないよなあ…」とか、ブツブツ言ってると、女の子が、恥ずかしそうに「私は朝霞なんですけど、どこまでですか?」
と、切り出した。
あ〜〜、上福岡までです…
あっ、あの〜、すいませんね、くだらない事を馴れ馴れしく話しかけちゃって…
酔っ払いなんで、勘弁して下さい…
ホントすいません…
全然大丈夫です。面白いから
よかったらもっと話し聞かせて…
えっ、いや、俺は白いカラスも空飛ぶ熊も見てないし…
話しって言っても…
あっ、やっぱ有楽町線早えーなぁ…
次、朝霞だ!
と言いながら女の子の顔をチラリと見ると、
完全にロックオン状態の潤んだ目で俺の目を見てた…
えっ?な、なんで?真面目っ子なのにそんな目になってんの?
とうろたえる俺に向かって
意を決したように女の子が「今日、ウチに来てくれますか…」と、恥ずかしそうにつぶやいた…
やばい、やばい、やばい、ど、ど、ど、どうしよう…
と、ドキドキしながら、とりあえず聞こえなかったふりするしかないなと思い、
「あ〜〜、気持ちわりぃ…」としらじらしくつぶやいた…
すると、彼女は「聞こえてたでしょ?」と俺を見上げた。
プシュ〜!と電車の扉が開いた。
彼女はすんなり降りて行き、電車から降りない俺を見て「降りてくれないの?」と、最後の勝負に賭けた顔で言った。
俺は、心の中で「ごめん…」言って、口では何も言わず下を向いたまま扉が閉まるのを待った…
そして、電車が発車してホッとしながら、改めて、何だったんだこのドラマみたいな出来事は?
と振り返り、
はたして自分がとった行動が良かったのかどうなのか?
俺達が酔っ払って話し掛けたのは悪いが、初対面で好みでも無い女の子に「家に来て…」と言われても、行きたく無いし…
でも傷付けちゃったかなぁ…
などと考えながら上福岡に着いて、電車を降りる時にふと周りの人を見ると、冷たい目で俺を見てた…
そして月曜日、出社したら誠さんが机の上に物凄く分厚い本を広げてたので、何ですかその本?
と、見てみると百科事典で、誠さんが開いてたページには、白いカラスの様な鳥の写真が載っていた…
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