シュレディンガーの人生

量子力学の分野に「シュレディンガーの猫」という有名な思考実験がある。
学問的に厳密な説明になっているかはさておき、それは大雑把には次のようなものだ。

あるところに箱が1つある。その箱の中には一匹の猫が入っている。箱は不透明な物質でできており、外部から箱の中の猫の状態を確認することはできない。また箱の中は完全に密閉されており、観測者による意図的な干渉があった場合を除き中身の状態に何らかの変化が起きることはない。しかし、この箱には観測者によって次のような仕掛けが施してある。50%の確率で毒性の放射線が猫が死に至るのに十分な量噴射され、余事象の50%では何も起きない。さて、箱の中の猫は生きているだろうか、それとも死んでいるだろうか。

この思考実験の作成者であるシュレディンガー氏によると、この問いの一応の解答は、「観測者が箱を開けるまで猫の生死は確定していない」ということになるらしい。氏曰く、箱の中の状態は猫が死んでいるという事象と猫が生きているという事象が重なり合って存在しており、観測者が中を確認することによって2つの事象が収縮する。猫の生死はそこで初めて確定する——というような解釈をするそうだ。要するに何が言いたいかというと、「あらゆる物事は観測されることによってのみ確定する」という事だ。


これまでのことを踏まえた上で、次の問題について考えてみてほしい。

貴方は外の世界から隔離された薄暗い部屋の中に1人でいる。その部屋には鍵穴の付いたドアが1つだけあり、それ以外の出入り口は存在しない。珍しいことにそのドアのカギは外側からかかっているらしく、内側からドアを開けるためには対応したキーが必要だ。部屋の中心には透明な箱があり、その中にはドアのキーが入っているのが見える。ただし、「シュレディンガーの猫」に登場する箱のように、箱の中には放射線による毒ガスが充満している可能性がある。仮に毒ガスが充満していた場合、キーをとるために箱を開けると内部の毒を一緒に吸い込んでしまうことはほぼ間違いない。

箱の中に毒ガスが充満している確率について正確なところはわからないが、どう少なく見積もっても50%は下らないと思われる。なんなら70%、80%、90%…下手したら99.9%という事もありえるだろう——この悲観的な推測について貴方はあまり疑いを持っていない。部屋の中には箱の他に食料や衣類などの幾ばくかの生活物資がある。それらは当面生活するには十分すぎる量あるように見える。しかし、供給の当てがない以上いつかは底をついてしまう事は確実だ。そして、部屋の外の世界がどうなっているのかについては全くの未知数だが、壁についている小さな窓からは美しい景色が見える(当然窓は人の出入り口にはなり得ないほど小さい)。

貴方は外に出るために箱を開けて、キーをとりたいと思うだろうか。




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