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絵を描く時は、描けないものを描こうとして失敗してみよう

こんにちは。はちすです。

私は絵が下手なので、自分なりにイラストを勉強して上達しようと試みている者です。

今回は昨日からモヤモヤしていて、今日気がついた絵に関することについてお話します。


まず、私は現在「ソッカの美術解剖学ノート」という本を勉強しています。

つい一昨日まで「この一冊を完璧に頭に叩き込んでやる!」という心持ちで勉強にのぞんでいたのですが、昨日その考え方を一変させる事件が起こりました。

絵を描くのが楽しくない事件

絵を描くのが楽しくないというのは、描いても下手なのでもともと感じていた事です。したがって今は好きに絵を描かずに勉強だけして、絵が上達してきた時に好きに描くつもりでいました。


しかし、昨日はそうはいきませんでした。


長期間の入試休み(私が高校3年生だからです)を経て久しぶりの高校の登校日で、1時間のホームルームのみで何もすることがない状況でした。

絵の勉強がしたかったのですが、机の上に堂々とイラストの参考書を広げるわけにはいかず退屈していました。

退屈をしている時には何かを描かないと気が済まないので、仕方なく何かを描くことにしました。

そこで私は描いている途中で「絵を描くのが楽しくない」と感じました。

なぜそう感じたかというと、

勉強している内容が自分が絵を描く時に行き詰まってしまう原因の直接的な解決になっていないから

だと今日になって気づきました。

私が今勉強している本は、人体のディテールを理解するためのものにすぎないことは勉強しながら薄々感じていたことです。


そして私には人体のディテールを理解する以前に、

絵を描く際に必要となる根本的な何かが抜けている

のです。


その根本的な何かにたどり着くために、たくさんある描けないことがそれぞれどのように描けないのかを考え、分析しました。


そこで「描けないものがどの程度描けないのか」を度合いごとに分けてみました。

  • ある程度造形がそれらしく描けるところ

例:顔、手

これに関しては様々な角度やポーズを描けるようにしたり、造形をもう少し細かく描写できるようになる必要がありますが、勉強の優先度は低いと思います。


問題は次です

  • まったく手も足も出ないこと

例:俯瞰や煽りの身体、腕や脚を前に出した時の圧縮

まったく描けないことがあるなら、まずはその部分から勉強するべき

じゃないですか?

勉強するのに優先順位が高いと思います。

なぜなら

ある程度描けるものを勉強するよりも、「まったく描けないものをある程度描けるようにする」ほうが効率よくできる事が増える

からです。

例えば、身体の造形が不自然に見えない程度に描くことができるから、次は造形を細かく描けるように勉強しようと思ったとします。

だけどその前に手足を前に出したポーズがまったく描けない。俯瞰や煽りの身体がまったく描けない。

これでは棒立ちの身体しか描けなくて、描くことがつまらない。

身体の細かい造形を学ぶよりも、先に棒立ちでない身体を描けるようにしたほうが様々な構図であったり、ポーズの身体が描けるので「描くことが楽しくなる」と思うのです。


描くことが楽しくなるように勉強しよう


描くことが楽しくないと感じた時には、「なぜ楽しくないのか」を考えて楽しくなるように勉強方法などを改善することが

自分が絵を描く時に行き詰まってしまう原因の直接的な解決に繋がる

と思います。

描くことが楽しくないということは、描くことに行き詰まってしまう原因があるはずです。

それを見つけるためにも日頃から自由に絵を描いて、

描けないものを描こうとして失敗してみよう


という発想が大切だと感じます。


今回は「絵を描くのが楽しくない事件」で絵や絵の勉強に対する考え方が一変したというお話でした。


ここまで長い文をお読みいただきありがとうございました。













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