放課後 音楽室 夢見心地な2人

 せんせ。せんせ。
 なに。
 あたしね、好きな人がいるの。
 だれ?
 あたしね、好きな人がいるの。
 だれ?
 あたしね、好きな人がいるの。
 だから、だれ?
 あたしね、
 きかせて。
 あたしね、
 お願いだから。
 あたしね、
 頼むよ。
 あたしね、
 ならもう黙ってくれ。眠りの邪魔を、しないでくれ。
 せんせ。
 なに。
 好きなのはね、
 おしえて。
 おしえて。
 おしえて。
 おしえて。

 「はぁ!・・・あぁ。」
 「わっ!起きた!びっくりした。」
 「え、寝てたの?俺。・・・やっちゃった。」
 「へへ。お疲れ様でございます。」
 「終わらせようと思ってた雑務が。」
 「・・・。」
 「どれくらい寝てたんだ。」
 「ねぇ、どんな夢見たの?」
 「え?」
 「どんな夢、見たの?」
 「いやそんなことより・・・」
 「どんな夢、見たの?」
 「・・・さぁ、覚えてないなぁ。」
 「ちょっとでも覚えてない?目覚めてすぐならちょっとぐらい。どんな夢だった?」
 「なんで、そんなに気になるの?」
 「気になるの!」
 「・・・忘れた。」
 「本当に?本当に忘れちゃった!?」
 「答えたくない。」
 「やっぱり覚えてるじゃん!だから、」
 「うーん、もういいだろ。邪魔しないでくれ。」
 「あ・・・、えっと、ごめんなさい。」
 「あっ、いや、ゴメン今のは言い過ぎた」
 「・・・。」
 「・・・。」
 「・・・。」
 「じゃあ、俺は・・・えーと、残った雑務を」
 「・・・せんせ。」
 「・・・。」
 「せんせ。」
 「なに。」
 「あのね、先生はね、好きな人とかいるの?」
 「・・・彼女が、いる。」
 「へぇ~、そうなんだ!」
 「付き合って3年くらいになるかな。」
 「・・・結構長いじゃん。」
 「うん・・・。まぁまぁ仲良くやれてるかな。」
 「へー。」
 「そういう君はどうなんだよ。ちゃんと青春エンジョイしてるのか?」
 「は!?なに言ってんの?心配されなくても毎日楽しくやってますー!」
 「そう。」
 「うん。」
 「じゃあさ、好きな人とかいるの?」
 「いる。」
 「へぇ~。誰?」
 「教えない。」
 「・・・ま、そうだよね。」
 「教えない。」
 「・・・怒ってます?」
 「別に?」
 「そっか。じゃあ仕事に戻りますかね。練習の邪魔して悪かったね。」
 「いいよ別に。それに先生の寝顔なんて中々見れないしね!」
 「普段生徒に散々注意してるのに、まずい所を見られたなぁ。」
 「私の居眠りを1回だけ見逃すということで!」
 「いけません。授業は起きてなさい。」
 「はーい!」

 「俺が寝ている間も練習してたの?」
 「ふふん。してたよー。」
 「じゃあ俺本当に疲れてたのかなぁ。確かに最近寝不足気味かもしれないけど。」
 「ぐっすり寝てたねー。」
 「今日はどんな曲練習してたの?」
 「あー、えっと、先週弾いた曲あったじゃん?あのアーティストの別の曲。」
 「ふーん。」
 「・・・。」
 「・・・。」
 「せんせ。あたしね、好きな人いるよ。」
 「らしいね。」
 「うん。」
 「じゃあさ、どんな人。」
 「えー。どんな人かぁ。」
 「きかせてよ。頼む。」
 「先生ちょっとアグレッシブじゃない?なんでそんなに気になるの。」
 「お願いだから。」
 「・・・。寂しい時に一緒にいてくれる人。真面目で頼りがいのある人。」
 「へー。ふーん。なんか普通。」
 「な!なによ!折角答えてあげたのに!」
 「いやいやごめん。でも分かるかも。結局そういう人と一緒にいたいくなるんだろうな。」
 「うん。」
 「教えてくれてありがとう。・・・なんかすっきりしたかも!」
 「・・・なにそれ。変なの・・・。んふ。」
 「練習の邪魔しちゃったね。もう黙るよ。」
 「うん。私も。」

 いつも通りの放課後の音楽室。いつも通りのピアノの音。途切れ途切れだけど、丁寧で楽しそうに弾む和音に、すっかり居心地の良さを見つけてしまった。彼女の丸まった背中ももう見慣れてきたけれど、ここに来始めた頃よりもその背中の揺れはどこか楽し気で明るく見える。

 さぁ、雑務を片付けよう。
 書類の山に手を付ける。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?