カメラ
「なんでカメラが欲しいの?」
「別に綺麗な写真が撮りたいわけじゃないんだ。」
「じゃあ、なんで?」
「頭が溢れそうなんだよ。」
「イメージが?」
「そう。いや違うな。イメージじゃない。」
「じゃあなんだって言うんだい。」
「写真で、なんて言うか、写真って、見えなかったものが見えるようになるじゃない。」
「それって心霊写真のこと言ってるの?それじゃあ、曰く付きの呪いのカメラを買わないとなぁ。」
「そんなトンデモじゃないよ。ごめん、言葉が足りなかった。要は写真ってのは、まさにフィルムの範囲に限って、その瞬間を切り取るだろう?」
「そうだね。カメラっていうのは、カメラオブスキュラの時代からそういうものだよね。絵じゃないよね。カメラってのは、最近じゃすっかり視覚効果の表現芸術みたいになってるけど、違うよね。」
「そう。俺が何か思いついた瞬間に、その時間をカメラで捕っておきたいんだ。」
「なるほど・・・。じゃあ君がカメラを買いたいのは、写真を撮りたいだけじゃないってこと?」
「勿論、カメラで美しい瞬間を撮るのも楽しそうで、そこに魅力を感じてない訳でもないよ。でも、やっぱりそうだね。今の僕が一番解決したいのは、やっぱり時間なんだよ。」
「だからイメージじゃないってことね。」
「そう、イメージじゃない。」
「君はカメラを買ったら、何か思いついた瞬間に写真を撮るんだよね。何を撮るの?」
「実はそこはまだハッキリしてないんだ。だから早くカメラを手にしたい。まだわからない事ってのは、どうしても無理矢理外から新しい要素を押し込まないと飛び出してこないんだ。俺はそういう人間なんだ。」
「わかった。そうだよね。今度一緒にカメラを見に行こう。俺も別にそういうの嫌いじゃないんだ。」
「ありがとう。助かるよ。」
「でもやっぱり、撮るなら風景かなぁ。レンズは幾つも買うと高くなるから、難しいものはいきなり撮ろうとしない方が良いと思うよ。」
「うん、そうだね。実際、僕は多分、僕の身の回りのものしか撮らないと思うんだ。なにしろ、僕が思いついたことを撮るんだからね。未知の発見や冒険を望んでいるんじゃない。そこは確かなんだ。」
「なんだか僕はまだ、君が実際にどんな写真を撮るのか想像ができてないよ。例えば君がその何かを思いついたっていう瞬間にシャッターを切る、それは分かる。ただ写真ってのは写真になるだろう?つまり現像するじゃないか。現像した写真を君や僕は見る事になるだろう。そしたらじゃあ、君は君の時間の切れ端を見てどうするんだい。」
「良い事を聞いてくれた。そう、僕は僕の写真、つまり過去の自分の時間を見返して、写真が切り取ったその瞬間にその時の僕は見過ごしていたものを再発見したいんだ。」
「なるほど、例えば君がカフェに入って、コーヒーとケーキを頼んだのにケーキにばかり夢中になってケーキの写真を撮った時に、それを写真にして今度はその時気にしてなかったコーヒーに再注目してみようって、そう言う事がしたいの?」
「そう、そういう感じ。正確には、僕が写真を撮った瞬間の僕の発想の『文脈』を辿り直したいんだ。」
「なるほど?」
「要は、現実問題、僕の発想や感想って言うのは、その時自分が置かれた状況のあらゆる要素が細かく連鎖し関与しあって、結果として僕の脳みそにそう反応させたものだろう?だから、もしその瞬間に僕がケーキのクリームの艶とか、スポンジの多孔質なテクスチャとか、そういうものに注目していたとしても、そういうケーキに思いを馳せていたことのきっかけとしては多少なりとも隣に並んでいたコーヒーカップから立ち昇る湯気のくゆりとか、コーヒーの香りとか、手前に置かれたフォークの光の反射とか、そういう全てのものが細かく、『僕がケーキを注目していた』という文脈を形成する為の要素だったんだと思うんだ。」
「君は台風の目を撮って、そこから地球の裏の蝶の羽ばたきを見直したいんだね。舞い落ちる鱗粉が君に降り注ぐ雨粒になった経緯を見てみたいんだ。」
「まずは手始めに目の前のコーヒーからね。」
「はは。コーヒーが冷めちゃいそうだ。」
「ごめんごめん。・・・このコーヒーちょっと苦すぎないか?よく見たらいつもよりうんと黒い気がする・・・。」
「そうかな。」
「ミルクは・・・ミルク・・・」
「え?」
「いやミルクだよ。」
「はは。どこ見てるんだ。手元をご覧よ。」
「うん・・・?あ、ケーキの影に。」
「はは。やっぱり君にはカメラが必要そうだ。」
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