シェアハウス・ロック0928

クボヤマさん

 私が元の会社をクビになり、すったもんだのドッタンバッタンがあり、同僚数人と会社をつくり、主な業務を引き継ぐ形になった。多少は仕事も楽になり、クボヤマさんの治療院にも、通える余裕ができた。
 クボヤマさんは天才的な治療師だった。
「ツボは在るものではなく、できるものだ」というのがクボヤマさんの口癖だった。だから、この人の口から、私は、「ツボ」「経絡」といった言葉をほとんど聞いたことがない。これは、素人ながら、私にも実感できる。
「ツボ」は移動する。私の経験から申しあげれば、「ツボ」「ツボ」うるさい治療師は、たいがいヘボである。ヘボが言い過ぎなら、形式主義者である。私らが生きているから「ツボ」がたち現れるのであって、我々の体が「ツボ」に沿っているわけではない。
 私は共通の知り合いに「あの人は、自分の手がやってることを、自分の脳ではわかってないよ」とよく言ったものだ。これは営業妨害になるので頭文字で言うが、Pという肩こり関係のグッズを製造販売している会社の会長も、クボヤマさんの患者だった。会長によると「あんなもん(=P)効かない」そうだ。
 長嶋茂雄さんが、打者にアドヴァイスをしているところをテレビで見たことがある。長嶋さん「ダーッと来たらガーッてやって…」などと言っていたが、この説明は、長嶋さんじゃないとわからない。
 クボヤマさんの治療原理も、似たところがあった。
 クボヤマさんをスピリチュアル系と言ったが、クボヤマさんは、よく「受ける」という言い方をした。こちらの体の悪いところと、なにがなしシンクロし、「引っ張る」ようなことなのだろうと思う。
 一度、私の治療中に泣き出してしまったことがあったし、治療中に昏倒してしまったことも一度ある。それだけ「受けて」いるんだろうと思う。
「受けて」しまったものは、滝に打たれて流していた。クボヤマさんの治療院から一番近い滝は、高尾山にある。早朝、よくそこへ行って滝に打たれていた。私も何回か誘われたが、私はそっち方面(スピリチュアル系)は鈍い。丁寧にお断りした。
 後年、私はツノダさんという治療家(整体)と仲良くなり、この人が毎日のようにプールに行っているので、「アースですか?」と聞いたところ、「なんでわかるんですか?」ということになった。ツノダさんはつのだじろうさんの甥っ子であり、つのだじろうさんは、『うしろの百太郎』を一読すればわかるように「見える」人である。その甥っ子だから、彼もスピリチュアル系の人なんだろうと思う。
 クボヤマさんは、私が母の介護をやっている時期に亡くなった。
 生前、「死んだら、高尾山の滝が見えるあたりに散骨してほしい」「お経はいらないが、フォーレのレクイエムをかけてほしい」と常々言っていたので、私は風邪の市販薬「ルル」の空き瓶を持ってクボヤマ邸に行き、ご母堂のお許しを得て、お骨をいただいてきた。お骨を入れた瓶を常にポケットに入れておき、ポッと暇ができたときに高尾山の滝に行き、散骨してやろうと思ったのである。

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