シェアハウス・ロック0927

天才的な鍼灸師

 昨日、この人の話をしてしまったので、予定を変更して、この人の話をすることにする。残念ながら、故人である。クボヤマさんという。
 クボヤマさんは、私がつくっていた雑誌のフラクタル特集を見て、私が勤めていた会社にいきなりやってきた。「自分と同じことを考えている人がいると思って、会いに来た」と言っていた。かなり素っ頓狂であるが、この素っ頓狂のおかげで、私はクボヤマさんに会えたのである。
 フラクタルに関しては、「【Live】複雑系0405」でそれなりに詳しく書いているので、ご存じない方はご参照を。
 そのころ、私は一年に6か月(前半に3か月、後半に3か月)は月に200時間しか寝られないという生活を送っていた。よく死ななかったものだ。
 クボヤマさんは、小一時間ほど話した後、「サービスです」と言って、背中の指圧をしてくれた。非常に気持ちがよかった。帰り際、名刺をくれ、「治療院をやっているので、来てください」と言った。
 翌日から、毎日電話がかかってきた。テーマは「治療に来てください」だったが、そんな時間はないので、いい加減な返事しかできなかった。
 あるとき、「お金は取らないから、お願いだから来てください」と言い出した。ここまで言われたら仕方がない。私は期日を言い、やっとのことで時間を捻出し、彼の治療院に向かったのだった。
 彼の治療は、基本的にはお灸である。体にベビーオイルを塗り、ホルダーに収めた太い線香を患部に当てる。ホルダーのおかげで、直接肌には触れない。2時間の治療で、体がだいぶ楽になったことは言うまでもないが、帰途、靴が脱げてしまったのには驚いた。うっ血がそれだけ解消したのだろうが、血液だけでなくリンパ液などもそうなのだろう。もちろん、お金は払った。
 この会社に在籍している期間に、もう一回だけ治療してもらいに行った。彼が、「2時間寝る時間があるなら、この治療を受けたほうが体にはいい」と言ったからである。体感的にもその通りだった。
 なんで「一回」なのかと言えば、「一回」よりも「在籍している期間」に重点がある。私は、その会社をクビになったのである。
 私がその「3か月」の仕事を終え、同僚の女性社員に最終の処理を任せ、アメリカに出張に行っているときに、その女性が些細なミスをしたのを経営者連中は大騒ぎし(恥ずかしいミスではあるが、誰が困るというミスではなかった)、彼女をかばった私を経営者は解雇したのである。
 私の母親になにか用事があって電話し、ついでに「クビになったよ」と言ったら、母は「よかったな」と言った。会社を辞めたことに対して「よかったな」などと言う人ではないので、どう対応していいかわからず、黙っていたら「あのまま仕事を続けていたら、早晩死ぬと思ってたんだ。子どもが小さいのに、しょうがねえなあと思ってた」と続けた。そんなの早く言ってくれよと思ったが、「どうせ言ったって聞かないと思ったんで、黙ってたんだ」と続けたのである。まあ、そうかもね。母は、人の生き死にがわかる、けっこうスピリチュアル系の人だったのである。
 そう言えば、クボヤマさんは、一回目の治療のとき、「漢方では、これは死んでる体です」と言っていたなあ。
 まあ、クビになったおかげで、私は死なずに済んだわけである。

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