シェアハウス・ロック0929

高尾山行きはおおごとになった

 お骨を一部でもいただくには、理由を説明しなければならない。ご母堂には、「クボヤマさんは、常々、高尾山の滝が見えるあたりに散骨してほしいと言っていたので」と説明した。ご母堂は、「じゃあ、お墓に収めるのはだめですか?」と聞いてきた。私は、「それは収めたほうがいいですよ」とお答えした。どうせ、本人にはもうわからない。
 次にご母堂がおっしゃったことは、私にも影響があった。「高尾山に行くときに、私も一緒に行ったらだめですか?」とおっしゃったのである。「だめです」ってわけにいかないでしょう。この人の息子さんなんだから。
 で、「いいですよ」と言ったのだが、ご母堂、患者のおばさん、若い衆3人、そして私と、最終的に「ご一行6名さま」になってしまった。若い衆は、クボヤマさんの弟子みたいな人たちだ。私も面識はあった。
 こうなると、「何月何日小雨決行」みたいにならざるを得ない。つまり、出来心で時間があるときに散骨に行くというわけにはいかない。
 しかも、私は母の介護期間だったんで、祝日しか休めない。土日は、母の介護で、朝から晩までびっしり詰まっていたのである。祝日は、ヘルパーさんが来てくれるので、昼間は手があけられる。よって、五月の連休中の一日が決行日になった。
 ところが、である。
 五月の連休で、お天気がいい日の高尾山って、渋谷、原宿並みとまでは言わないものの、相当な人出なんだね。滝のあたりには、人が連なって歩いている感じだった。さあ、困った。
 私は若い衆2人に命じ、滝がよく見えるロケーションの前後に派遣した。シキテンを切らせたわけである。「人が途切れたら口笛一回、来たら二回」を合図にした。「三回口笛吹いたら、ここまで急いで戻っておいで」。彼らにも、たとえ一瞬でも儀式に参加してほしかったのである。
 フォーレの『レクイエム』は40分程度なので、とても全曲は無理。お線香は立てた。一本だけだったけど。
 まあ、辛うじてクボヤマさんの希望に沿ったかっこうにはなった。
 私は、かなり若いころから、自分のときには葬式もお経もいらないと思ってきた。親鸞みたいに、「野っぱらにうっちゃって野犬に食わせてくれ」は無理としても、焼いた後は燃えないゴミで出してくれとか、砕いてニワトリのエサにしてくれとか思っていた。これができないのは、「墓地埋葬法」という法律があるからである。
 私らがやった行為は、その第4条「墓地外の埋葬等の禁止」の「等」に抵触する可能性がある。
 でも、まあ、お骨だし、それもごくごく一部だし。だいいちもう時効だろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?