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「三浦春馬とHEROたち」(8)

三浦春馬とフレディ・マーキュリー


勝手に名付けてはじめたHEROシリーズも、人物はこれがラスイチです。読んでくださった方々に感謝します。(あと、最終回があります)
 
 きたる4月17日は、「クイーン(QUEEN)の日」ということを知りました。おめでとうございます。
クイーンのリードボーカリストであるフレディ・マーキュリーとの出会いは、これも偶然にアマゾンプライムで観たドキュメンタリー番組です。ノンフィクションが好きなんです。ロックという、音楽のジャンルとしては私の守備範囲外でしたが、語られるその人間性にこころをもっていかれました。それはやはり、わたしの推しの三浦春馬さんにかさなるところがとても多かったからです。
しかし二人とも、情報量やファンの動向がいまも現役並みで、またわたしの力不足がありうまくまとめることはできませんでしたが、すこしでもその魅力を伝えられたらとおもっています。
 
 
フレディの声は、変幻自在に甘く強く耳に届き、ロック史上最高の声だ。本物のスターで代わりは居ない。無限の可能性を秘めた彼は、1991年45才で亡くなった。2001年にロックの殿堂入りをはたす。
 シャイな少年だった。7才からピアノ、そしてスポーツを。すべてに徹底的にこだわり完璧をもとめた。そして突き抜けていた。最初からきわだってスターで、カリスマ性をもっていた。魔法みたいにキラキラしていた」、「王族の気品があり、さまざまな世界に飛び込める人でコスモポリタン」、「ファンを大事にする人」(ドキュメンタリー『キング・オブ・クイーン』(2018)より)。
1975年4月17日、初来日の際には、洋楽好きの若い女性がどこの国よりも熱狂的にでむかえ、空港でもみくちゃになったようすの動画がいまでものこっている。
2018年に伝記映画『ボヘミアン・ラプソディー』が公開され、日本の興行収入は130億円を超え、第3次クイーンブームをまきおこした。第91回アカデミー賞主演男優賞を受賞したラミ・マレックは、「愛と祝福と敬意をもって、彼を演じた」と語った。
 
彼は伝説に、また神話になった。いまも彼を慕う世代がでてきた。『ボヘミアン・ラプソディー』は50年後も残る歌だ。「クイーンの王(キング)よ、永遠なれ」。
 
 

―春馬さんとの共通点―


以下の見出しは、フレディ自身が生前の20年間にかたったことばで、『フレディ・マーキュリー自らが語るその人生』(2020)を引用しています。
 
1.  一番になりたかった

フレディ:絶対に一番になると自分に言い聞かせる。とにかく一番になりたかった。できると確信していた。人は自分を信じないといけない。たとえどんなに長くかかろうともね。
 
三浦春馬:一番になりたい。そしてその先ずっと一番になり続けていきたい。なぜなら見てくれた人がその先ちょっとでもがんばれるような、いやなことがあっても見てる瞬間だけでも忘れられるような芝居ができるために(20才)。目標は絶対的存在になること(22才)。ローラは美を追求し、その中で一番になりたいというポリシーやプライドを持っています。その内面もどんどん掘り下げたい(26才)。類を見ない人間になりたくてさ(27才)。
 
2. 生まれつきのギフト(才能)
 
つねに周囲の期待を上回りつづけ、無心にやりとげるしかなくそして、とても勇敢だった。
フレディ:ステージに立つ人は、魔法(マジック)をもっているかもっていないか、ふたつにひとつであって、それは努力しても手にすることはできないものだと僕はおもう。
三浦:つねに僕は自然体なんで、頭で演技を考えることはないんです(19才)。
 
フレディ:挑戦がしたいーもともとじっとしていられないし、常に張りつめているタイプで明日がくるのが楽しみでしょうがない。毎日同じ人間でいたくないし、1日中ベッドでただゴロゴロしてなにもしないのは無理。なんでも首を突っ込みたがるタイプ。
内気―常に大衆の目に晒されていて、ひとりにして欲しくてちょっとひきこもる。それでも人と物にかこまれていたいし、芸術作品やアンティーク、魚(自宅の日本庭園の錦鯉のこと)や猫の存在がある。これは内気な性格のあらわれで、心から安心できる状況を欲する。そのせいでたいくつな人間だとおもわれるかもしれないけれど、世界ツアーではもっと社交的だ。
 
 
3. キャラクターを生きる
 
フレディは愛情がふかく、まわりの子どもや家族をとても大切にした。誠実に心にふれるようにはなしかけていた。そして自分の飼い猫たちを相当愛していたようだ。
春馬さんも大の動物好きでやさしいので、ボルネオ島の保護施設ではオランウータンに一瞬で好かれていた。
 
フレディ:相手は、ステージ上の人格ばかり求めてくる。だれも本当のぼくを愛していない。四六時中それと戦わなくてはならない。何もかも手に入れているのに孤独だ。このつらさはことばでは言い尽くせない。キャラクターを生きていた。フレディ・マーキュリーであろうとした。

三浦:さわやかさわやかと、言われるよりそんなにさわやかじゃねぇぞと(28才)。自分でハードルをあげているような気がする。きれいな言葉をかかえてしまうと、ほんとうにダメな部分や悪い場面を見せたくないとおもってしまう(28才)。「アイドルの三浦春馬」を演じている俳優の三浦春馬という考え方をすると、捉え方次第でいろいろなことに挑戦できるとおもうんです(29才)。
 
 
4. 成功が背負わせてくるプレッシャー
 
フレディ:それに潰されない術を学ばなければならない。成功すればするほど、ひとはますます人を信じられなくなる気がしてくる。この業界で真の友をみつけるのは本当にむずかしい。
春馬さんのことばではみつからないが、参考になるとおもわれるものがあったので引用したい。

「若いスターの孤独感」ー才能と努力と運とが、3つそろって有名人・天才と呼ばれる。かれらは若くしてチームとしての責任を負わされている。警戒心を解けないので頼ることがむずかしい。逆に頼っていたら成功もあり得ない世界。共感してもらいにくい、特殊な経験をしてきているひとたちー(精神科医・益田裕介)
それを聞くにつれ、存在してくれていたこと自体が当たり前ではなかったのだと、それはある意味で奇跡だったのだとつくづく思う。
 
 
5. LIVE AID(ライヴエイド)-「1億人の飢餓を救う」-20世紀最大のチャリティコンサート
 
全世界同時中継で1985年に英米で行われた、20世紀最大のチャリティコンサートに世界中のビッグスターが結集。そのなかでクイーンは一番熱狂するステージをやり遂げて、ロック史上最高のパフォーマンスといわれた。
『ひとはときに自分の無力さを痛感する。自分にも小さな役割が果たせることに、僕なりの形で誇りをもって歌う。そして僕が行きたいのはそこまでなんだ。』

人をひきつけて離さない観客掌握力、ステージを完全に掌握するような存在感。もっとも偉大なショーマンは、わたしたちのこころを揺さぶり続ける。
 かぎられた時間でベストを尽くす。観客をもっともつかんだステージをやってのけた。パフォーマンスの頂点。名だたるアーティストが参加していたが、ぜんぶ持っていった(ドキュメンタリー『アルティメット・ショーマン』(2018)より)。
 
 
  あなたを忘れない
 
「才能ってのは不思議だね。病気も才能を殺さない。最後のレコーディングまでフレディの才能は無傷だった」。
途方もない損失だとおもった。早すぎる死だった。存在の大きさを感じた。世界中から追悼がきた。しかし賛辞は20年を経てもつづく。死後こんなに有名になるとはおどろきだ。時代をこえて認めてくれた。フレディは偉大な歌姫になりたがっていた。痛快だね。やりとげたんだ。

「フレディ、あなたを忘れない」(地元紙の記事)。そして衝撃の逝去後まもなくの7月28日づけで、ある地方紙の声の欄に掲載された記事は、「三浦春馬さん、わたしは忘れない」。そしてこれらの声は、憶測や偏見をこえた人たちの想いを代弁しているようにおもえてならないのだ。
 
フレディ:『ぼくは人生を目いっぱい生きたい。それはぼくの性分であり生まれついてのもの。成功が究極の目的なんじゃない。』
 
また、三浦春馬が演じた五代友厚の最後のことばにこうある。『地位か、名誉か、金か。いや、たいせつなのは目的だ』(映画『天外者』2020)。
 
 
どんなときも観客を大切にし続けたフレディのすがたを知って、春馬さんの魅力の根底にあるものに触れたような気がしている。フレディも、春馬さんも、熱くてそして愛すべき人です。

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