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隣の鳥は青い29話

  翌週、市で行われる歩こう大会が行われた。
隣の町の駅まで汽車でいき、そこからから歩いて市へ戻ってくるイベントで、畑や池や森を通るので自然体感部としても、もってこいのイベントだ。
森の中を通ると、リスや鳥に出会うこともあり十分楽しめる。
雅盛の好きな人誰?をめぐり、同学年と距離ができてしまった理子は、一人で目的地についた。
少し早く到着したせいか、同じ部の人は誰も見当たらない。
「来なきゃ、よかったな・・・」
思わず、後ろ向きな言葉を吐いてしまう。
ふと、駅の南口の近くに生えている草むらを見ると、靴を履いた足だけが見えた。
「ひっ!?」
幽霊か、死体かと思い恐怖の声を出す。
その瞬間、バタバターっと白い鳥が飛び立っていく。
「ああ!!」
悲鳴のような男性の声が聞こえた。
その男性は草むらから姿を現した。
「大山先輩?」
その男性は支恩であった。
「あれ、沼口、ずいぶん早く来たんだな」
ギクッとして、目を泳がせる理子。
「ええっと、時間を間違えてしまって・・・・」
「ふ~ん」
その時、ちょうど駅の南口から女子の集団の声がしてきた。
支恩はそれに気づき、目をやると自然体感部の1年生の女子であった。
「・・・・・」
何か異様な空気を感じる支恩。
1年生の女子の中に美久子もいたが、理子に気づいても、そっぽを向いて通過していく。
理子はその美久子の態度を見て、下を向き悲し気にしている。
何かを察する支恩。
「沼口は鳥が好きなんだろう?僕の写真を撮るの手伝ってよ」
支恩が理子に提案する。
「私で役に立つでしょうか?」
自信なさげに、尋ねる。
「大丈夫だよ、被写体を探してくれるだけでもありがたい」
理子はどうせ一人だし、先輩の頼みだから仕方ないと思い承諾した。
部の顧問の先生も来ていたが、基本的には自由行動で、4時間以内にゴールできれば良いイベントであるので気楽であった。
「おーい、そろそろ、出発だぞ~」
顧問の先生は声をかけるが、点呼はせずスタートを切った。
雅盛は3~4人の1年生に囲まれたまま、スタートした。
その中には美久子も含まれていた。
深くため息をつく、理子。
「良い写真を撮ろうな、沼口!!」
その姿を支恩がみて、額に冷や汗をかきながら、理子に声をかけていた。
その様子を、同じ部の2年生の女子が見ていた。
「部長とあの1年生、付き合ってるの?」
2年生の間で、ひそひそされている。
支恩の気遣いはありがたいが、別の問題が起きるのではと心配する理子。ポケットからルリビタキのキーホルダーを出し右手に握る。
「お母さん、何事もないようお願いします」
 天候に恵まれ、清々しい空気の中、歩こう大会は始まる。
理子は支恩の後ろを歩く。
雅盛は少しコースを外れ、リスを探していた。
「堂川先輩、どこいくの?」
雅盛のファンも、一緒にいっていた。
そこで、一匹のリスを雅盛が見つける。
野生とは思えないほどプックリしたリスで、人を恐れず自ら人間に寄ってくる。
リスが逃げないように短く刈られた草の上に静かに足を下し、リスにカメラを向ける雅盛。
「あ~リスだ~」
3歳くらいの男児が、カメラを構えている雅盛に気にせずリスを捕まえようとする。
「や、やめろって」
手で男児を追い払おうとする、雅盛。
その隙に、リスが逃げてしまう。
「ああ!!」
こどものように、膝から崩れ落ちる雅盛。
男児はキョトンとしている。
「も~たーくん、ママから離れたらだめでしょ?」
母親が男児の手を引いて、連れて行った。
「あ~あ、邪魔が入ったな・・・」
雅盛が口をとがらせて、頭をボリボリかいている。
「堂川先輩って、子ども相手に酷くない?」
1年生のファンの一部は、雅盛に幻滅していた。
 しばらく歩き、理子と支恩は農家の畑の横の道路を歩いていた。
畑はトラクターが収獲をして、隣の畑では中年女性は手作業で作物の間引きをしていた。
支恩が農家の人に声をかける。
「写真を撮っても、良いですか?」
トラクターの音が大きくて、トラクターを運転している中年の男性には支恩の声は届かなかったが、手作業をしている中年の女性には届いた。
「いいよ~この子も撮っていって~」
中年女性は、手作りのかかしの肩をポンポンと叩いた。
かかしは赤毛のアンを思わせるような風貌で、赤い糸でおさげの髪型、オーバーオールを着ていた。
「この子も、私の手作りよ!」
巨大なテルテル坊主かかしと赤毛のアンかかしを抱えて、ポーズを撮る女性。
「あ、ありがとうございます」
支恩はカメラのズームで、その女性とかかしを大画面で撮った。
その光景に、笑いが出る理子。
「すごい、サービスしすぎ」
女性は理子と支恩に手を振る。
「歩こう大会に参加してるでしょ?がんばってね!!」
再び、間引き作業をする女性。
「は~い」
笑顔で女性に手を振る理子。
「沼口、良い写真が撮れたよ、出来上がったら、1枚あげるよ」
「え、そんな悪いですよ」
「遠慮すんなよ」
少し強く言われて、頷く理子。
「はい、ありがとうございます」
1時間ほど歩くと、歩道に色とりどりのチューリップが咲いていた。
そこにアゲハ蝶がやってきて、黄色のチューリップの花びらにとまる。
目を輝かせて、理子は見ている。
周りの歩こう大会の参加者が、クスクス笑っている。
不思議に思っていると、支恩が忍び足でチューリップで蜜を吸っているアゲハ蝶に近づいている。
支恩は笑いをとっている訳ではなく、真剣にシャッターチャンスを
狙っている。
パシャ!
ついにチューリップとアゲハ蝶のベストショットが撮れた。
「やったあ!」
いつもの少しクールな支恩とは違い、左手で握りこぶしを作り、力を込めている。
「現像が楽しみだ」
この当時、デジタルカメラはなく、写真はフイルムを現像し、写真を焼かないと仕上がりはわからなかった。
 ゴールして、顧問の先生、部の生徒は若干の疲れがあったが山や川、牛など自然を見て充実した時間を過ごしたようで、皆、表情はさわやかであった。
「あの、理子・・・」
理子の後ろで、誰かが呼んだ。
「え?」
振り返ると、美久子が立っていた。
「あの、堂川先輩の件でごめんね」
眉をへの字にして、両手を顔の前で合わせて謝罪してくる美久子。
「何か、今日、数時間歩いて、自然を見て感じて、私、理子に酷いこといったなあと思ってさ」
美久子との友情はもう無理だと思っていたため、美久子から謝罪されるとは思っていなかった。
「あ、うん・・・」
確かに理子自身もたくさんの自然に触れて気持ちが良かったので、共感できた。
「ところで理子、大山先輩と付き合っているの?」
一瞬、理子の中で時が止まる。
「は?」
「1年生の間で、理子と大山先輩のこと話題になっていたから、聞いてきてって頼まれたの」
理子の思考は停止する。
「何、言っているの?そんな訳ないじゃん。最近の美久子ちゃんおかしいよ。前はもっと気遣いのできる人だったのにどうしたの?」
「え?」
気まずい空気が2人の間に流れる。
「私が家でいやな思いをしているから、その時間が減るように美久子ちゃんの家に呼んでくれたり、宿題を教えてくれたり優しかったのに、どうしちゃったの?」
目に涙をためて、訴える理子。
ドンッ!!
美久子が理子の肩を、強く押した。
「何よ、少し先輩に優しくされたからって、偉そうにしないでよ」
顔を真っ赤にして、走り去っていく美久子。
ため息をつき、近くのベンチに座る理子。
すると理子の目の前に、オレンジジュースの缶が差し出される。
「飲みなよ」
支恩が理子に、ジュースを差し出した。
「ありがとうございます」
2人で汽車に乗り、岐路についた。
その間、2人とも無言であった。


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