「悪魔の片思い」
○○「よいしょっと…」
先生から言われた資料を運ぶ僕。
手がキツくなってきたので持ち直す。
真夏の今日、この資料の束を運ぶのは苦痛でしかない。
言うまでもなく長い長い廊下にはクーラーがない。
しかしこれは日直の業務であり、僕の横では同じように資料を運ぶ女子がいるのだが…。
○○「あ…じゃあ岩本さん、この辺に置いてもらって…。」
岩本「ん…。」
岩本蓮加。同じクラスで、外見も良い。
ただ男子からの人気は、容姿のみ考えた人だけが賞賛するので、評判はあまり良くない。
つまりどういうことかといえば、彼女は美人ではあるものの、まるで無表情で素っ気ない。
話せば冷たい返事しか返ってこないし、授業のグループワーク含め、彼女がいるだけでそこの会話の輪が凍りつく。
しかも美女ゆえの性なのか、その無表情がものすごく怖い。
目が合う時は必ず睨まれている。
圧を感じて動けなくなる。
故に、外見はともかく、性格の評判は芳しくなかった。
一部では「悪魔」と呼ばれているほどだ。
○○「はぁ…。やっと地獄の数分から解放…。岩本さんと日直で1日のうちに何回も会話しなきゃいけないとか、胃がもたないよ…。」
その時のこと。
岩本「何ですか。」
「相変わらず愛想のねえやつ。ムカつくんだよなあお前。」
廊下の曲がり角からあまり穏やかではない声が聞こえる。
片方は岩本さんのものだとすぐにわかった。
僕が覗くと、そこには男子と岩本さん。
岩本さんは壁際に追い込まれて、何やら言い合っているようだった。
「俺顔もそこそこイケメンって言われるしさ、運動バツグンだし、勉強もそこそこできるわけじゃん。なんで俺のことフッたわけ?」
「お前ムカつくけど顔は美人だし、俺の彼女にしてやってもいいんだよ?」
岩本「こないだも言ったでしょ。あんたのそういう自分のこと鼻にかけたナルシストな部分が大っ嫌いだっつってんの。」
岩本「そもそも私あんたの事イケメンだなんて思った事一回もないから。少なくとも性格はブスなんじゃない?」
岩本「わかったらさっさと失せなさいよ、ネチっこい男は嫌われるよ。もう私はあんたのこと嫌いだけど。」
「このアマ!!」
その瞬間、男子は岩本さんのことを張り手打ちにした。
僕は何も考えず、気がつくと飛び出していた。
○○「おい!!」
「!」
岩本「え…。」
○○「何女殴ってるんだよお前!」
「何お前急に。しゃしゃんなや。」
僕は岩本さんと男子の間に立ち、岩本さんを後ろ手で背中に隠す。
○○「男は女に手をあげちゃならないって恐竜の時代から決まってるんだよ!親とか学校から習わなかったか!」
○○「先生に言いつけるからな。全部見てたからな!」
「先生に言うとかガキかよお前。ちっ、もういいわ。お前諦め。別の女探す。俺なら選び放題だし?」
○○「二度と岩本さんに近寄るな!僕が許さない!」
「はいはい、もう興味ねーっての〜。」
男子は手をヒラヒラとさせて去っていった。
○○「大丈夫?ケガは…なくはないか。保健室行こ?僕が付き添うから。」
岩本「…ありがと。」
○○「お礼を言われることなんかしてないよ。立てる?」
岩本「うん…。」
僕は岩本さんを保健室に送り届けた。
次の授業中、氷嚢を持った岩本さんが無事戻ってきたのに安心した。
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先生「話はこんなもんかな。解散。日直〜。」
○○「起立。礼。」
「「さよならー」」
ガタガタと椅子と机が音を鳴らし、各々が部活や下校のために教室を出て行く。
岩本「おい。」
○○「!」ゾクッ
ドスの聞いた低い声に振り返ると、そこには岩本さんが仏頂面で立っていた。
さっきのことでなんか言われるかな?
まさか、口止めで何かされる…?
○○「い、岩本さん…。な、なんでしょう?」
岩本「日誌。必要事項書いて。」
岩本さんが日誌を突き出してくる。
○○「え?あぁ、はい…。」
あぁ、そういえば僕は今日岩本さんと日直だった。
岩本「私が書くとこは書いた。私は用事あるから。それ書いたら先生に提出しておいて。」
○○「はい、お疲れ様でした…。」
岩本「…それから。」
○○「はい?」
岩本「…ありがと。昼休み。」
○○「いやいや、お礼を言われることなんて全然…あ、顔、大丈夫?」
岩本「あぁ…うん、まぁ…。」
○○「そっか、ならよかった。お大事にね?」
岩本「…うん。」
岩本さんはそそくさと教室を出て行ってしまった。
僕は日誌を書き終え提出。
ビクビクしながら僕は岩本さんと日直を務めたその日を終えた。
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そこから程ないある日。
部活を終え、駅までの帰路に着く。
駅の前に来ると、何やら数人の人だかりが見える。
人が行き交う駅周りで立ち止まっている人々はそれなりに目立つもので。
人々は皆一様に一点を見つめて取り囲んでいた。
僕もそれに釣られて立ち止まり、人々が向く方向を見ると。
ジャラン…
ギターの音。
人だかりの正体は路上ライブだった。
立てかけられている看板を見ると「レモン」と書いてある。
レモン「それでは次の曲が最後になります。」
レモンという人は女性だった。
目深に帽子を被り目にはサングラスで顔立ちはわからない。
革ジャンとジーパンを履き、いかにもシンガーといった印象を受ける。
レモン「聞いてください。『初恋は片思い』。」
♪〜
恋の歌とか嫌いなんだよね
どれも皆同じ
恋の歌とか嫌いなんだよね
わからない
恋の歌とか嫌いなんだよね
他にもあるでしょ
恋の歌とか嫌いなんだよね
似合わない
恋するために生まれてきたとかあり得ない
そう思っていた
でも恋をした でも片思い
あなたのことしか歌えない
でも恋をした でも片思い
そんな自分に笑う
そんな自分に笑う
僕は魅了された。
透き通るような綺麗な歌声。
その中にほのかに感じる力強さ。
上手いという一言では表現しきれなかった。
いつのまにか僕がきた時より倍以上に増えていたギャラリー。
そこから惜しみない多くの拍手が送られた。
もちろん僕も全力で拍手を送った。
お世辞ではなく本心だった。
レモン「ありがとうございました。」
レモンさんが立ち上がって礼をする。
それを最後に民衆たちは散り散りになって行った。
レモンさんも看板やギターを片づけ始めていた。
○○「あ、あの!」
レモン「えっ…。」
○○「ん、どうかしました?」
レモン「いえ…で、なんですか?」
○○「とても綺麗な歌声でした。思わず聴き入ってしまいました。」
レモン「あ、ありがとうございます…。」
○○「また、聞かせてください。楽しみにしてます。」
僕はそう言って、千円札をギターケースの上に置いた。
○○「それじゃ。失礼します。」
レモン「…。」
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翌日。
○○「次は…英語か…英語、英語…。」
岩本「おい。」
○○「ふぁいっ!?」
ズドン!!
○○「あー!痛ったい!!」
僕が次の授業の教科書を探していると唐突に岩本さんから声をかけられた。
まさか日直が終わった今日になって話しかけてくると思っておらず、驚いた拍子にカバンを落としてしまった。
落としたカバンは教科書十数冊の重みと共に僕の足にクリーンヒット。
○○「おぉぉ…。」
岩本「…大丈夫か?」
○○「…はい、大丈夫です…。」
○○「で、どうしました?日直なら昨日で終わりですけど…。」
岩本「…やっぱり何でもない。」
○○「え?」
岩本「何でもないってば。じゃあね。」
岩本「…足、お大事に。」
小声でそう言ってから去っていく岩本さん。
○○「あの人、人の心配とかできるんだ…。」
○○「いや、流石に失礼すぎたな…。」
でも、一体何の用だったんだろうか。
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部活を終えた下校の際、また駅前に人だかりを見つける。
もしかしてと期待を胸に向かってみると、僕の期待通りの光景があった。
レモン「でも届かない〜♪もどかしいもの〜♪」
目深に被った帽子。サングラス。
またレモンさんが路上ライブをやっていた。
レモンさんはこちらをチラリと見た。
その時ふと目があってしまった。
僕は何となく会釈をする。
レモンさんは歌唱中だったのでそれに応じることはなく、また向き直り歌い続ける。
ライブ終了後。
○○「今日も良い歌声でした。」
レモン「…どうも。」
○○「ギター、お好きなんですか?」
レモン「はい、小さい頃からやってて、それで…。」
○○「どうりで。上手いと思いました。」
レモン「…めっちゃ褒めてくれますね。」
○○「僕、レモンさんのファンなんで。」
レモン「えっ…。」
○○「あ、嫌…でしたか?」
レモン「い、いえ、そういうわけでは…。」
○○「次また会える日を楽しみにしてますね。それじゃ。」
また千円札をギターケースの上に置いて、僕はその場を去った。
レモン「…。」
そこから僕は毎日レモンさんのライブがあるかないかを楽しみにしながら駅前まで歩くようになった。
ライブがあった日は必ず終演まで居続け、一言声をかける。
その会話も、回数を重ねるにつれて長くなっていった。
最初は警戒心があったレモンさんも、そのうち打ち解けて、笑顔を見せてくれたり、自分のことをよく話してくれるようになった。
レモン「それで、最近そのアーティストがめっちゃ良い曲出してたんですよ。よかったら○○さんも聴いてみてください。」
○○「あ〜!この曲知ってますよ!僕最近よく聞くんです!確かにいいですよね!」
レモン「え、そうなんですか…。」
○○「特にここの部分の声の伸びが…。」
レモン「…。」
○○「あ、気持ち悪かったですか…?」
レモン「いや、そういうわけじゃ、ないですけど。」
○○「よかった…あ、やべ、もうこんな時間…。すいません、僕これで失礼しますね…!」
レモン「あ…お疲れ様でした…。」
○○「レモンさんも、お疲れ様です!じゃ!」
レモン「…。」
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岩本「おい。」
と、比例して、何故か悪魔の岩本さんが僕に絡む回数も増えていった…。
何でなのかさっぱりわからなかった…。
周りからは「お前岩本さんに何したんだよ?」と問い詰められる始末…。
○○「は、はい、何でしょう…?」
岩本「…ペアワークやるぞ。」
○○「え?ペアワーク?」
岩本「は、早くしてよね…男子の回答も2人ぐらいメモらなきゃいけないんだから…。」
「してよね。」だって。
いつもなら「しろよ。」って言いそうなもんだけど。
僕と会話するたび、岩本さんの態度はどこかこう、丸くなっている気がした。
岩本「…。」
○○「あの、岩本さん?僕の顔に何かついてます?」
岩本「いや別に、それよりさっさと答えろよ。時間ないんだから。」
○○「あ、すいません…。」
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紅葉が散り始め、冬への準備が始まったようなある日。
僕が駅前に行くと、レモンさんがまたライブをやっていた。
もうレモンさんの歌声を初めて聞いてから数ヶ月経つ。
毎日同じ時間にライブをしているけど、出会った頃はまだ夕暮れだったこの時間も、秋冬の今日は同じ時刻なのにも関わらずすでに真っ暗だった。
それでも僕は最後まで聴き続ける。
僕はレモンさんの歌声が本当に好きだった。
ちょっと人見知りな部分があるけど、会話していて時折垣間見える素の感情がまた魅力的で。
レモン「でも恋をした〜♪でも片思い〜♪あなたの事しか歌えない〜♪」
僕が初めてレモンさんのライブを聴いた時に聴いた曲。
この曲だけはレモンさんが自分で作った曲だそうで。
しかもモデルが自分なんだとか。
○○「お疲れ様でした。」
レモン「お疲れ様です。」
○○「前々から気になってたんですけど、誰なんですか?あれ。」
レモン「はい?」
○○「ほら、あの片想いの曲に出てくる彼。どんな人なんですか?モチーフはご自分ってことは、その彼も実在してるんですよね?」
そう聞くと、レモンさんは俯き黙ってしまう。
何か悪いことを聞いただろうかと不安になっていると。
レモンさんが帽子とサングラスを片手で勢いよく外した。
初めてみるレモンさんの素顔。それは…
○○「え!?岩本さん!?レモンさんが、岩本さん!?」
岩本「片思いしてるのはどんなやつかって聞いたな…。」
○○「え、あ、はい…。」
すると岩本さんは僕の胸ぐらを掴んでグッと自分の方に引き寄せる。
岩本「……お前だよ!!!」
「悪魔の片思い」
終
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