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「秋に開く美の花」


俺が彼女と出会ったのは、高2の春だった。

俺は次のコンクールに出す絵のアイデアが浮かばず、キャンパスを抱えながら校内を彷徨っていた。

放課後の校内というのは、9割近くの音が運動部の声か吹奏楽部の音楽だった。

2年にもなり完全に聞き飽きたそれらは、俺の中で、ただけたたましいという印象だけが残り、静かに絵を描く俺の作業を邪魔する雑音でしかなかった。

音楽室から遠ざかり、吹奏楽部の音声が小さくなってきたころ、ふと俺の耳に、全く別の音が聞こえてきた。

歌だ。誰かの歌声。

不思議とその声は、不快感を覚えなかった。

むしろ心地いい。聞き惚れていた。

俺はその声の音源を求めて走り始めていた。

早く見つけないと。この声の主が歌うのをやめてしまったら探し出せなくなる。


…見つけた。


放課後の屋上。夕暮れに向かって歌唱する一人の女子生徒。

そのきれいな歌声に、俺は屋上の扉の前でたたずみながら、ただただ魅了されていた。


そして数日後、俺は絵を描いていた。

モデルは例の彼女だ。

コンクールに出す絵、ではないのだが、彼女の歌声と歌う光景が頭から離れなかった俺は、自然と彼女の姿をキャンパスに起こしていた。

それに、何の運命のいたずらか、彼女がいつも歌を歌う定位置は、美術室の窓、それも俺のいつも絵を描く定位置からよく見えるのだ。

実物をいつでも見られる以上、スケッチは造作もない事だった。

今は既にスケッチが終わり、色彩を加えているところ。

○○「ここの色はもうちょい濃い目に影の色を入れるか…?」

そんなことが気になり一度モデルを見ようと屋上に目をやると、ついさっきまでいたはずの彼女の姿がなかった。

○○「ん…あれ…?」

どこに行った…?まさか、今日はもう帰った…?

「へー、それ私?」

○○「んぇ?」

声のした方に目をやると、噂の彼女の顔が眼前にあり、キャンパスをまじまじと見つめていた。

○○「ぎゃあっ!!」

驚いた俺はバランスを崩し丸椅子から転げ落ちてしまった。

??「ちょっと!人のこと見てお化けみたいな反応しないでよ!」

○○「いって~…え、あ、え!?何でここに!?てか、何で俺がここで君の絵描いてるの知ってるんだよ!」

彼女は窓の外を眺めていた。

??「ふーん、ここからあの場所を覗いてたんだ…ん?なんでって、逆に気付かないと思ったの?君が私のこと見えるってことは、私からも君が見えるんだよ?」

??「それにね、乙女ってのは視線に敏感なんですっ!毎日毎日見られてたらそりゃ気づくよ!」

怒涛の勢いにいつの間にか俺は正座で話を聞いていた。

○○「な、なんかごめんなさい…。」

??「いいよ全然。盗撮されたりしたわけじゃないし。近いことはされたけど。」

○○「うっ…。」

??「それに私、君の絵、好きだな。」

○○「…え?」

彼女はしりもちをついている俺に手を差し出しながら言った。

??「私史緒里。久保史緒里。君は?」

○○「…○○ ○○。」

それが、俺と史緒里との出会いだった。

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史緒里「~♪」

史緒里はいつも通り、屋上で歌を歌っていた。

史緒里「ふぅ…。」

パチパチパチパチ…。

史緒里「ん。」

音のした方向を見ると、○○が屋上の扉に寄りかかってこちらに拍手をしていた。

○○「お見事。」

史緒里「もぉ~○○ー。いつからいたの?」

史緒里は頬を膨らませて言う。

○○「ちょっと前から。」

二人は出会ったあの日以降、親交を深め合い、お互いの持つ芸術に惹かれ合い、お互いがお互いのファンのような、それでいて良き友人のような関係になっていた。

史緒里「文化祭の作品は出来上がったの?」

○○と史緒里の高校はもうすぐ文化祭が控えており、○○は美術部の部活企画として作品の展示を行うことになっている。

○○「あぁ、ついさっきね。あとは乾かすだけ。だから迎えに来たんだ。」

史緒里「そっか。じゃあちょうどいい。○○にちょっと提案があってね~。」

○○「提案?」

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二人は駅まで続く道を歩いて下校中だった。

○○「有志のライブパフォーマンス?後夜祭の?」

史緒里「まぁ、一応名称は『のど自慢大会』だけど。」

○○「あー、あれか~。出るの?」

史緒里「うん、出る。それでね、私が歌うとき、舞台の背景に○○の絵を使いたいの。でっかいやつ。」

○○「俺の?」

史緒里「うん、できる?」

○○「時間はあるから、まぁできると思うけど。」

その言葉を聞き、史緒里は目を輝かせた。

史緒里「じゃあやろ!二人で最高のステージを作ろうよ!」

かくいう○○も、そんな史緒里の提案を嬉しく思っていた。

自分は史緒里の歌が好きであり、そんな史緒里の歌を彩る作品を書くことができる。

どんな作品を描こうか。楽しみに思っていた。

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史緒里「○○!昨日のことなんだけどさ!」

○○「はいはい、もうコンセプトは出来てるよ。こんな感じでいい?」

史緒里「おお!設計図!…うんうん!いいねいいね!やっぱり○○に依頼してよかった!」

○○「史緒里なら気に入ってくれると思った。じゃあこれで作っていくね?」

史緒里「うん、お願い!楽しみにしてる!」

○○「フフッ…。」


そんな二人を、よく思わない人間がいた。

女子生徒(何よあの二人、二人とも根暗な陰キャのくせにあんなイチャイチャしちゃって生意気な…。)

女子生徒(ちょっと、お仕置きしてあげようかしら。)



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時は移り、文化祭前日。

○○「な、なんだよこれ…。」

史緒里「酷い…。」

美術室の壁にかけられた巨大絵は、見るも無惨な有様だった。

○○の作成していた作品には、大量の絵の具がぶちまけられ、それまでの過程が全て台無しにされていた。

史緒里「…どうにかなりそう?」

○○「いや、これは流石に…。」

史緒里「誰がこんなことを…。」

○○「……。」

その場で肩を落とす○○。

言葉が出てこなかった。

女子生徒(フフッ、いい気味…!調子乗るからよバ〜カ!)

女子生徒は落胆する二人を見届けるとスキップで下校していった。


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そして翌日。文化祭当日。

もう既に昼の部は終わり、後夜祭さえ終焉間近。

MC「さぁ、後夜祭もいよいよ大詰め!次はのど自慢大会のパートだ〜!」

うおおおおおお!!
わあああああああああ!!

アーティストのライブの如く男女が歓声を上げる。

そして観客席の後方でほくそ笑む、例の女子生徒。

女子生徒「あの後久保の方にも細工しといたし、これでアイツはステージには上がれない。」

MC「ミスヒム子さんありがとうございました!続いては、久保史緒里さん!お願いします!」

女子生徒「さぁ、醜態でも晒すがいいわ!」

ところが。

女子生徒「は…?」

舞台の緞帳が上がるとそこには史緒里が堂々とした佇まいでそこにいた。

背景には○○の作品。

昨日女子生徒が絵の具をぶちまけ台無しにした絵は、それらの飛び散りさえアートの一部とした全く新しい作品へと生まれ変わって、史緒里の背後を美しく彩っていた。

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時は遡り、文化祭前日。

史緒里「ごめん○○、一緒に舞台を作ろうって約束したのに…こんな…。」

○○「謝るなよ、史緒里。」

史緒里「えっ…?」

○○「誰だか知らないけど、望むところじゃん…目にもの見せてやるよ…美術部なめんな…。」

史緒里「○○…。」

○○「だから心配しないで、史緒里。明日のステージ、絶対成功させよう…?」

史緒里「…うん!」

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時は戻り、現在。

女子生徒「あの陰キャめ…!でもまぁいいわ、久保は歌えないはず!」


♪〜


交差点の途中で 不安になる

あの信号いつまで 青い色なんだろう

おお…!アイツ凄くね?
久保ちゃんってこんなに歌声綺麗だったんだ!
今度カラオケ誘お!
後ろの絵もめっちゃかっこよくない?あれ誰が書いたんだろ?
そんなん決まってんじゃん!いっつも一緒にいる美術部の…○○!アイツも凄いの作るよな!

女子生徒「な、何で!何でよ!薬を飲まなかったの!?」

「や"っ"ぱ"り"お"ま"え"だ"っ"だ"が"…。」

女子生徒の後ろからしわがれた声が聞こえる。

女子生徒が慌てて振り向くとそこには、恐ろしい形相で女子生徒を睨む○○がいた。

○○「あ"い"つ"の"…ゲホッ!ん"ん"!アイツの飲み物を一口もらったら急に喉が痺れておかしくなってさぁ…!」

女子生徒「あんたのその声…まさか…!」

○○「お前が史緒里の水筒に入れた入れた薬とやらは、史緒里の代わりに俺がたっっぷり飲んでやったよ!!」

女子生徒「……!!」

○○「さぁ、どういうつもりか洗いざらい吐いてもらおうか…。俺も男だ、逃げられると思うな…。」

猫背でユラユラと歩み寄ってくる○○に、動揺もあって恐怖を覚える女子生徒。

周りはみんな史緒里のパフォーマンスに夢中。

2人に目を向ける者はいない。

女子生徒「ご、ごめんなさぁぁぁい!!!」

女子生徒はそう言い捨てて逃げていった。

○○「…ケホ!最低でも停学にはしてやるからな…!…さて。」

○○は史緒里の方に向き直る。

体育館にいる観客全員が史緒里に魅了されていた。


生きよう──────

〜♪……


史緒里が歌い切り、深々と礼をする。

観客席は全員スタンディングオベーションで、割れんばかりの拍手を贈った。

その拍手は、緞帳が降りきり史緒里の姿が見えなくなるまで、絶え間無く続いた。


緞帳が降り、史緒里が達成感と共に顔を上げると、舞台袖から○○が歩いてきた。

○○「史緒里。」

史緒里「○○!」

史緒里は思わず○○の手を握ってブンブンと振った。

史緒里「やったよ!○○!私やり切ったよ!」

史緒里は子どものように声を上げながら○○の手を勢いよく振り、そして涙を流していた。

○○「しっかり見てたよ、よしよし、よく頑張ったな。」

○○は史緒里から握られた手を改めて握り直し、あやすように言葉をかける。

史緒里「○○のおかげだよ。後ろに○○のこの作品があったから、○○が見守ってくれてるんだって思って、○○の存在をすぐ近くに感じることができたから!」

○○「それは…よかった…。」

史緒里「…○○?大丈夫?」

すると突然○○は史緒里に抱きついた。

史緒里「ちょっ!?○○!?え、ここでそんな、大胆な…!」

ところが、○○の腕は脱力し、グッタリと史緒里に寄り掛かる。

史緒里「…○○?ちょっと!しっかりして!○○!」

○○から返事はない。

史緒里「○○!○○─────!!」


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○○「…ん、あれ?ここは…?」

○○は見慣れない天井を視界に目を覚ました。

史緒里「保健室。」

隣を見ると、史緒里が寝そべる○○の手を握っていた。

史緒里「…まったく。急に倒れるから心配したんだよ!?」

○○「ごめん、昨日からあんま寝てなくてさ…。」

そう、女子生徒によって汚された舞台を覆えるほどの大々的な作品を修正するのは、流石に前日の放課後だけでは足りなかった。

よって○○は、放課後は閉校時間ギリギリまで、そして開門前からスタンバイしての作品の仕上げで、何とか間に合わせた。

家にいる間も、下校直前に撮影した途中経過の作品と睨めっこし、修正箇所をピックアップ、よりスムーズに作業が終わるよう徹夜で計画していた。

○○「ごめん史緒里。心配かけたね。」

○○は起き上がり、バツが悪そうに頭を掻く。

史緒里「ほんとだよ、全く。でも…」

史緒里は○○に抱きつき、肩に顔を埋めた。

史緒里「…無事でよかった。」

○○「史緒里も、よく頑張ったね。」

史緒里「ちゃんと見てくれた?」

○○「勿論。史緒里の舞台を見届けるまでは倒れられないって、思ってたから。」

○○は史緒里を抱き返し、頭を撫でた。

○○「凄かったよ、史緒里。」

史緒里「ありがとう…!○○…!」

2人の文化祭の舞台は、こうして大成功を迎え、幕を閉じた。






○○「はぁー…俺やっぱり史緒里の歌声が好きだよ。」

史緒里「…○○?」

○○「ん?」

史緒里「好きなのは、歌だけ?」

○○「えっ…。」

史緒里「私っていう人間は…?」

○○「なっ…。」

史緒里は節目がちにチラリと○○の事を見る。

その仕草は自然と上目遣いになっていた。

○○「…そういう史緒里はどうなの?好きなのは、俺の作品だけ?」

史緒里「え…!そ、そりゃあ…作品だけじゃなくて…そのぉ…。」

○○はため息をつくとまたベッドにボスンと倒れ込み、ポツリと言葉をこぼす。

○○「好きでもないやつに『飲み物一口くれ』なんて言うかよ…。」

史緒里「えっ…!?それどういう…?」

○○「う、うるさいな、言葉の通りだよ、察しろよ…。」

史緒里「え、今の言葉どういう意味!!教えてよ○○!」

○○「だー!お前絶対わかってるだろ!!」

史緒里「違う言葉で聞きたい〜〜!!」

○○「いーやーだ〜!はずいったらありゃしない!!」





秋に開く美の花





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