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「目が覚めたら乃木坂4期生の○○でした」 第10話

朝目が覚めると女の体に、しかも乃木坂4期生になっていた××(現世名:○○)。
お見立て会に向けたレッスンを終え、自宅の調査をしていたところに、○○の母親から電話がかかってきた。

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着信画面に表示された《お母さん》の名前。

××(どうする、出るべきか、出ないべきか…。)

考えているうちに一秒、また一秒と過ぎていく。

このままではタイムアウトで電話が切れてしまう。

××(○○)はつい反射的に応答ボタンを押してしまっていた。

○○「ッ…もしもし。」

一瞬吸った息が詰まったが、何とか声を振り絞る。

○○母『もしもし、○○?』

○○「ど、どうした…の?」

○母『いや、元気してるかなって思ってね。』

○母『アイドルになっていきなり一人暮らしが決まったでしょ?』

○母『お母さんも何かと心配なのよ。』

○○「そ、そっか、わ、私は元気でやってる…よ。」

○○「一人暮らしも今のところは全然…平気。」

演じることができてるだろうか。

○○ ○○を。

○母『あ、そうそう、それだけじゃなかったわ!』

○○「…?」

○母『お母さんね、今度仕事の都合でそっちの近くまで行くのよ』

○母『でね、その日○○の顔を一目見てから帰ろうと思ってるの。』

○母『だから、その日の夕方から夜、空いてるかな〜って。』

○○「あ…。」

正直ここで、ごめん仕事、と誤魔化すことは簡単だ。

だが、メンバー同様、誤魔化しはいつまでもは通じない。

いつか限界が来る。

ならば…。

○○「ごめん、今は来ないでほしい、かな」

○母『…どうして?』

○○「今『あなたお母さん』が来てしまうことは…良くないことなんです」

表現の見つからない言葉をどうにかして考え、必死に紡ぐ。

○母『それは、○○や私に関わること?』

○○「そう、今来てしまうと、親子の関係に関わる事態になる」

○母『…。』

○○「でも信じてほしい」

○○「決して危ないことはしてない」

○○「あなたお母さんを失望させるような事はしてないから」

○○「いつかちゃんと、話すから。」

○○「だから今は信じて、従ってほしい。」

電話の向こうから返事は返ってこない。

××(ダメだよな…。)

××(唐突にこんな事言われたら心配で余計に来たくなるかもしれない)

○母『…わかったわ』

○○「…えっ?」

○○「信じてくれるの?」

○母『実の娘が信じてと言ってきて信じない母親がどこにいますか』

「実の娘」という単語に胸がチクリと痛む。

○母『それにね、心なしか今のあなたからは、私の知ってる○○っぽさが感じられないの』

○母『まるで別人』

○母『声色は確かに○○なのに、不思議よね』

なんて人なのだろう。

別の人間が入っているという結論にこそ辿り着いてないものの、この短い会話でここまで勘付くとは。

母は偉大だ。

○母『だから、あなたが話してくれる日を、あなたが胸を張って私を迎えてくれる日を、待ってるわ』

○○「…はい」

○母『体に気をつけてね』

○母『アイドル、頑張るのよ』

○○「はい…!」

○母『じゃあね、また電話するわ』

○○「うん、じゃあ、また」

その会話を最後に電話を切った。

○○はスマホを握りしめ、大きなため息をついた。

○○「はぁ…。」

嘘をついた。

実の娘を装って。

罪悪感と、その嘘をいくらか見抜いてもなおあんなに真摯に受け止めてくれた○○の母親への感謝で、涙さえ出てきそうになった。

その後、散らかした物の諸々の片付けを終えた○○は、一日の疲れも相まって歯磨きだけ済ませるとそのまま眠りについた。

こうして××の、いや、○○の長い一日は終わった。

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翌朝。

○○はけたたましく鳴り響くアラームによって目を覚ました。

昨日と同じアラームだ。

ただ昨日と違うのは、アラームの時間が違うこと。

昨日は7時だかそのあたりに起こされたが、今日は6時20分。

今日は…何をするんだろうか。

カレンダーアプリからスケジュールを見ようとした時、スマホから着信音が鳴り響いた。

発信者の名前を見ると…《かっきー》とあった。

応答ボタンを押して電話に出る。

○○「もしもし、かっきー?」

賀喜『おはよう、問題なく起きてたね』

○○「ついさっきアラームに起こされてね」

○○「で、どうしたの?」

○○「記憶をなくす前の私はかっきーにモーニングコールでも頼んでたの?」

賀喜「ううん、そういうわけじゃないんだけどね」

賀喜『今日学校だけど、もしかしたら場所覚えてないんじゃないかな〜って』

○○「えっ?学校?」

見てみると、確かに今日は月曜日。

××(そうか、俺やかっきーは今は高2か)

××(この体になったのが日曜だったり元々大学生だったのもあってすっかり頭になかった)

確かに、○○の通う学校なんて××には知る由もない。

○○「私とかっきーは同じ学校なの?」

賀喜『そうそう、乃木坂に入った時に同じ学校に転校したからね!』

賀喜『と、その発言からするにやっぱり覚えてないみたいだね…。』

賀喜『わかった、迎えに行くから一緒に行こ!』

○○「ごめん、朝早くから迷惑かけて…。」

賀喜『全然!じゃあまた後でね!』

賀喜『あ、レッスン着忘れないでね!』

賀喜『学校終わったらマネージャーさんの車でそのままレッスン向かうから!』

○○「うん、わかった」

○○「じゃあ、また後で」

ピッ

気遣いが出来る子だ。

将来の人気の片鱗が窺える。

《7時50分》
幸いにも制服は寝室の壁にかかっていたので探すのに手間取る事はなかった。

ただ強いて言うなら、今日も今日とて髪を梳かすのに時間がかかった。

もし寝癖があって目立つと嫌なので、念を入れてつむじから後ろの髪は全て纏めてポニーテールにした。

髪を結ぶなんて初めての経験だった。

纏めた後も毛先を櫛にかけて綺麗なストレートにした。

マンションの下に行くと既に賀喜が待っていた。

賀喜「あ、○ちゃんおはよ〜!」

○○「おはよう」

賀喜「お、今日は結んだんだ!」

賀喜「可愛いね!」

可愛い。

不意に言われたその言葉に、顔が熱くなる。

××だった頃には決して言われたことのなかった言葉だった。

賀喜「あはは、○ちゃん顔真っ赤!」

○○は咄嗟に顔を隠す。

賀喜「何、もしかして照れてる?」

賀喜「可愛い〜!」

追い討ち。

○○「べ、別に!」

××(男だった頃は何とも思わなかったしそもそもそんな言われる言葉じゃなかったけど…『可愛い』ってこんな破壊力ある言葉だったっけ…!?)

××(いや、それとも女になったことの弊害…?)

××(男でいうところのカッコ良い的な?)

賀喜「あ、それとも、もしかして熱あるんじゃ…。」

すると賀喜はおもむろに○○の額に手のひらを当ててきた。

至近距離に近づく賀喜の顔。

自分の額に触れる手。

既に困惑気味の○○は咄嗟に賀喜の手を振り払って後ずさる。

○○「ね、熱なんてないから!いいから行くよ!」

賀喜「あ、ちょっと〜!」

歩き出した○○の後を賀喜が追う。

賀喜「○ちゃん、ちょっと待って〜!」

後ろから賀喜の声が聞こえる。

今しがたの出来事に困惑していた○○にはその声は聞こえておらずズンズンと進んでいく。

まだ顔の紅潮もおさまらぬまま。

賀喜「そっち逆!学校はこっち!!」

○○「!?」

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通学路にて。

賀喜「今日も髪を梳かしてあげるつもりで櫛をカバンの上に構えておいたんだけどなぁ」

○○「そうならないように結んだんだよ」

賀喜「前髪はちょっとまだ跳ねてるけどね」

そういって賀喜は○○の前髪に触れて整えてくれる。

○○はまたドキッとするが、先ほどのように取り乱したりはしなかった。

○○「女の子の寝癖って中々直らないんだね」

賀喜「ん…?なんか今言葉おかしくなかった?」

○○「!…き、気のせいじゃない?」

賀喜「そうかな?」

賀喜「まぁいいや、今度寝癖直しのコツ教えてあげる」

○○「お願いします…。」

○○「ところで、お見立て会のことなんだけどさ」

賀喜「あぁ、うん」

○○「かっきーは特技披露パートで絵を見せるわけでしょ?」

賀喜「そう、制服のマネキンを踊る自分をね」

○○「私って特技パート何することにしてたの?」

賀喜「えーっと、確か、アクロバットだったかな?」

○○「…アクロバット!?」

賀喜「うん、なんかすっごい難しい技を一個やるって」

賀喜「そうそう、『後方伸身宙返り4回捻り』!」

××(…出来る気がしないんだけど!?!?)

第10話 終

続く

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初めてのnoteのみでの執筆。

ちょっと長くなってしまいました…。

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