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「雨上がり」 後編

数日後、冷蔵庫や洗濯機など、その日運び切れなかった業者に頼んで持ち出した。

家電がごっそりなくなったことに連日△△から怒りのメッセージが大量に届いたが、通知欄から読んだのち、未読無視をした。

元々俺のお金で買ったし、書類にも俺の名前が書いてあるし、俺の所持物だ。

遠藤からは「冷蔵庫と洗濯機二つも要らないですよぉ」と言われてしまったので、実家の家電のリニューアルにすることにした。

とまぁ、余談はさておき。

こうして、俺と遠藤の共同生活が始まった。



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遠藤と一緒に暮らし始めて一週間。

まだ急な雨が不安で折り畳み傘やカッパが手放せない頃のこと。

遠藤「ただいま帰りました~!」

遠藤「…あれ、ものすごくいい匂い…。」

リビングから腕をまくり仕事向けのシャツを着たままの○○が出てくる。

○○「おかえり、遠藤!」

○○「先ご飯か風呂かわからなかったからさ、とりあえずご飯はもうすぐできるけど、お風呂はまだ準備してないんだ、ごめん。掃除はリビングは終わったんだけど、他はまだできてなくて、本当にごめんね。」

リビングを覗くと、そこには豪勢な食事。

なんとなくだが、栄養もかなり考えられているのが目に見えて分かる。

○○「それと、そこにあった電気ガス水道のやつはちゃんと払ってきたから。」

遠藤「…。」

○○「…遠藤?」

遠藤「それが、△△さんとの普通だったんですか…?」

○○「えっ…?」

遠藤「だって、先輩が退勤してから二時間半ぐらいしか経っていないですよね?二時間で支払いと帰宅と掃除とあの食事を作ったんですか?」

○○「う、うん…。」

遠藤「それが今までの普通だったんですか?」

○○「そ、そうだけど…。」

遠藤は少し考えた後、長く息をつくと、○○に向き直った。

遠藤「そこまでしなくていいんですよ!」

○○「え?」

遠藤「確かにありがたいですけど、普通はそこまでしませんよ!しかもこんな短時間で!それを普通とされて過ごすよう求められてきたんだとしたらおかしいです!」

○○「…そうなの?」

遠藤「○○さんも優しすぎます!△△さんが好きなのはわかりますけど、大変な時は大変だって、嫌な時は嫌だって言っていいんですよ?」

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△△(ただいま〜ご飯出来てる〜?え、まだ出来てない?じゃあ早くしてね〜。)

△△(ん、なんか床汚いなぁ、○○帰ったら私が帰るまでにリビングの床掃除しといてくれないかな?)

△△(え、お風呂沸かしてくれてないの!?今日見たいテレビあるから急いで帰るって言ったじゃん〜!そしたらお風呂沸かすのが最初ってわかるでしょ〜!)

△△(全部○○なら完璧にできるんだからさ。ちゃんとやってくれないかな?)

○○(ごめん、次からは気をつけるから…。)

△△(うん、期待してるね!)

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遠藤「これからは家事は2人で分担してやりましょう?」

○○「…いいの?遠藤だって疲れてるんじゃ…。」

遠藤「それは先輩も同じでしょう?大丈夫です。」

遠藤「2人で、頑張りましょ?人間は助け合いですから!」

○○「うん…ありがとう。」

遠藤「フフッ、お礼を言われるような事じゃないですよ〜。」

○○(△△は、助けてあげるなんて言ってくれたこと、一回もなかったな…。)

○○(その点遠藤は…。)

○○は胸の中には△△と遠藤が両立し、しかし対照的な存在としてそこにいる。

○○は己の中にあるその事実に気付いた。



その後、食事に移った2人。

カチャカチャと箸が動く中、遠藤が疑問を口にした。

遠藤「そういえばさっき、電気ガス水道の料金払ったって言ってましたよね?」

○○「え?ああ、うん。お世話になる以上、少しぐらいはお金出さなきゃと思って…。」

遠藤「それって、△△さんの頃も?」

○○「そうだけど…。」

○○「△△が、家賃は自分で払ってるから、それと同額ぐらいになる電気ガス水道は払ってくれって。」

遠藤「え?家賃?」

○○「ん?」

遠藤「△△さん、自分の家は親の持ち家だって言ってましたよ。確かに購入でお金は払ってると思いますけど、言い方的にそれだいぶ前ですし、買ったのは親御さんだと思います。しかも購入してあるので、家賃なんて払ってないはずです。」

○○「え?てことは…。」

遠藤「一方的に○○さんが電気ガス水道の料金だけ払ってて、ご両親の払う家関連の税金などはともかく、△△さん自身は何のお金も払ってないってことです…。」

○○「はぁ…マジかぁ…。」

○○は首をがくりと落として落胆する。

言うべきではなかっただろうか、と遠藤は後悔する。

遠藤「先輩…。」

でも、そんな悪い女に騙された○○の心を自分が何とか癒してあげなければ、と遠藤は決意した。

だって自分は、○○の事が…。

遠藤「…にしても、このご飯おいしいですね!」

○○「ありがと、お世辞でもうれしいよ。」

遠藤「いやいや、お世辞じゃないですよ!食べ応えや時折感じる調味料の味が、玄人のそれ、って感じで、もう先輩の料理、世界一おいしいです!」

遠藤(それに『好きな人』が作ってくれた料理だし…。)

○○「世界一!?それは言い過ぎでしょ!」

遠藤「いーや、本当に美味しいですから!ほらこれとか……」

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△△(おいしいか?あー、まぁ、普通じゃない?)

△△(それに、○○くん、私にまずい料理を食べさせたりとかしないでしょ?彼女にまずい料理を出す彼氏とか聞いたことないし。)

△△(そういう意味では、私は○○の手料理信頼できて好きだけどね。)

○○(そっか、好き、なら、良かった。)

△△(ん、なんか変な味する。調味料なんか入れた?)

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そういえば、△△が自分の料理をおいしいって誉めてくれたことなかったな。

○○はそんなことを思っていた。

そして○○は、笑顔でおいしそうに食べる遠藤の方をちらりと見ると、

○○(世界一おいしい、か…。)

そんなこと、言われたこともなかった。

そして、自分の料理を幸せそうにほおばる遠藤のこの笑顔。

○○(遠藤みたいな人のために毎日料理作ってあげたいかも…。)

遠藤「私、毎日先輩の料理食べたいです!」

○○「えっ…。」

○○は自分が思っていたことをズバリ遠藤に言い当てられたことに動揺した。

遠藤は○○が動揺したのを見て自分の発言の意味を悟って一気に顔を赤くした。

遠藤「いや、あの、そういう意味じゃなくて!だから、その!」

○○「え!?どうしたの!?落ち着いて!?」

遠藤「あ、はい、ご、ごめんなさい…。」

遠藤(やばい、逆プロポーズみたいなこと言っちゃったよぉ…。)

それっきり、二人は黙り込んでしまった。

部屋の外では、雨がぽつぽつと弱弱しくガラスをたたいており、静寂と化した部屋の中では、それまで話声で聞こえなかったその雨音だけが、申し訳程度に響いていた。

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その後は問題なく共同生活は続いた。

食事中は仕事のアドバイスを含めた他愛のない話が広がり、寝る前は一緒にテレビを見たり。

もちろん、洗濯やお風呂など、セクシャルな面に対する配慮は抜かりなく。

しかし、洗濯に関し効率の良い干し方などを遠藤にアドバイスを行ったりはした。

その時も遠藤は感心しながら話を聞き、笑顔で礼を言ってくれた。

ちなみにその時、ちらっと下着らしいものが目に入ったのは遠藤には黙っておいた。

しかしトラブルを回避したと思われた翌日、○○の洗濯物の中から遠藤の下着が見つかり、それを遠藤の部屋に置いておいたところ、帰ってきた遠藤は顔をイチゴのように真っ赤に染めて黙り込まれた状態で数時間を過ごすことになった、なんてこともあり。


毎日、○○にとっても、遠藤にとっても楽しい日々だった。


二人の想いは、その期間でより強く大きくなっていった。



そして、遠藤の家での居候が1ヶ月ほど続いた、ある日の夜。

○○「うーん、ここは風呂トイレ一緒かぁ…。」

そこに風呂上がりの遠藤が入ってくる。

遠藤「ただいま上がりました〜。」

○○「はい、おかえり。」

遠藤「何読んでたんですか?」

○○「あぁ、部屋のカタログ。いつまでもお世話になるわけにはいかないしさ。」

遠藤「えっ…。」

その言葉に、遠藤はタオルで髪から水分を取る手を止め、顔をこわばらせた。

そして、〇〇もまた。

○○(これ以上遠藤と一緒にいたら、遠藤のこと、ただの後輩には見れなくなってしまう。)

○○(こんな気持ちは、遠藤の善意を踏みにじるだけだ。)

○○(早めに区切りをつけないと。)

○○「でもなかなかいい家見つからないんだよなぁ~。」

遠藤は首にタオルをかけたまま○○の隣に座ると、その手を○○の手に重ね、握った。

風呂上がりのその手は水分を帯びつつ、とても暖かかった。

○○「…遠藤?」

遠藤「なら、うちでいいじゃないですか。」

○○「えっ…。」

遠藤「私は、先輩と一緒にいたいです。家事ができるからとか、そういうのではなくて。」

○○「…それって…。」

ここまで来たら、言うしかない。

遠藤の決断は早かった。

遠藤「私は、先輩のことが好きです!大好きです!」

遠藤「だから、どこにも行ってほしくないんです!」

遠藤「△△さんと別れたばかりの○○さんにこんなこと言うのは倫理に欠けるのかもしれませんけど…。」

遠藤「私と、付き合ってくれませんか…?」

○○「……。」


○○は考えた。

今までのこと。

△△のこと。

遠藤のこと。

時間のこと。

自分の気持ちのこと。

そして。



○○「俺さ、△△と別れて、一か月足らずでこんな気持ちを抱いたら不誠実なのかなって思ってた。」

○○「この気持ちを打ち明けたら、せっかく優しさで家に住まわせてくれた遠藤を悲しませるだろうなって。それ以前に会社の後輩だし。」

○○「だから、この気持ちを封印して、遠藤から離れようとしてた。」

遠藤「はい…。はい…?」

遠藤は○○の話を真摯に聞いていたが、途中からの文脈に対し、相槌に疑問符が浮かび始める。

○○は深く息を吸うと遠藤に向き直り、目を見ていった。

○○「俺も、遠藤の事が好きです。こんな俺でよければ、彼女になってください。」

遠藤は目を丸くして口をパクパクさせていた。

遠藤「…ふえええええええ!?」

遠藤「ほ、本当ですか!?」

○○「こんなとこで嘘なんかつかないよ。」

○○「遠藤って、△△と違って、あらゆる行動に優しさがにじみ出ててさ。」

○○「△△がどんな人間だったかも気づかせてくれたし、遠藤のその優しさがあったかくて。」

○○「この数週間一緒に過ごして、仕事のアドバイスした時も、料理した時も、洗濯について聞いた時も、『ありがとう』って言ってくれてさ。それがうれしくて。」

○○「他にも、テレビ見て笑ってるときとかおいしそうにご飯食べてる時の笑顔とか、可愛いなって。」

想い人からの褒め言葉の嵐に、遠藤の顔がだんだん赤くなり、視線が下に行き始める。

そんな遠藤をいとおしくなった○○は遠藤を抱きしめ、頭をポンポンと撫でるようにしながら言った。

○○「これからは恋人として、同棲、だね?」

遠藤「…はい!」

こうして、○○と遠藤の「同棲生活」が始まった。

窓の外からは何も音がせず、抱きしめ合う2人のお互いの心臓の音だけが聞こえていた。

どうやら、雨は止んだようだった。


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数年後。

ここはとあるデパート。

さくら「『○○』~!こっちこっち~!」

○○「はいはい、今行くから!待ってよ『さくら』!」

さくら「はい!これ買おう!」

○○「好きだねぇ、みたらし団子。」

さくら「あれれ、嫉妬?」

○○「団子に嫉妬なんてしないよー。」

さくら「大丈夫だよ。○○の事もちゃーんと大好きだから!」

○○「そっか、ありがとう。」

○○はさくらの頭を撫でながら言った。

さくら「えへへ…。」

さくら「…あっ…。」

○○「どうしたのさくら…あ。」

その視線の先を見ると。

△△「仕方ないじゃん!出来ないんだから!」

「じゃあお前何が出来るんだよ!」

二人にとって見覚えのある顔と、知らない男が、デパートのど真ん中だというのに、大声で揉めていた。

「許嫁のお前と結婚する時親御さんからは家事も仕事も完璧に出来るやつだって聞いてたのに!」

「いざ結婚してみれば家事はダメダメで仕事も急に評価が下がったっていうじゃねえか!」

「まさか一人の時は家政婦でも雇ってたんじゃねえだろうな!」

当然だ。

家事は全て○○がやっていたし、仕事も○○ありきで評価を伸ばしていたのだ。

単純にそれがなくなったわけだから、△△は何もできない人と化すのは至極当たり前だった。

△△「いや、それは…そ、そんな事あるわけないじゃん!□くんと出会う前はちゃんと出来てたもん!」

「それを今やれって言ってんだよ!」

「はぁ…この際だから言うけどな!何だこれ!」

そう言って□と呼ばれたその男は一枚の紙を取り出す。

△△「え、それって…。」

《訴状》

「何だ訴状って!何だお前の詐欺罪って!しかもこの原告の○○って誰だよ!」

そう、あれから遠藤は○○の事を一切知らないふりをして社内で△△に近づき、全ての事を洗いざらい話した内容を録音して提訴の証拠としていた。

しかもその内容から辿った結果、弁護士の手によって△△が○○からもらった結婚指輪や交際期間のプレゼントを全て売り払っていた事がわかり、立派な詐欺罪が成立していたのだった。

「お前なんかとこれ以上やってられねえよ!」

△△「何ですって!?」

「…お客様、これ以上騒がれては他のお客様にご迷惑ですので…」

と、デパートの職員が2人に仲裁に入ったところで、○○とさくらの興味は途切れた。


トントンとさくらが○○の肩を叩く。

○○「ん?」

○○が振り向くと、そこには満面の笑顔で○○に自分の左手の甲を見せつけるさくらがいた。

その薬指にはキラキラと輝く指輪がつけられていた。

○○は、同じく薬指に指輪がつけられた己の手の甲をさくらに見せつける。

○○「…幸せになろうね。」

さくら「フフッ…もう幸せです。」

そんな事を言いながらデパートを出ると。

○○「あ、晴れてる。」

さくら「見て見て○○!虹!」

さくらが指す方向には、空を大きく跨いだくっきりとした虹。

○○とさくらの前に広がる大空は、2人の明日を応援し祝福するが如く、青々とし、澄み渡っていた。




雨上がり 終

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