今日から君は学生です

かぐやSFコンテスト応募作品です。


 いつ卒業できるかな、なんて思いながら今日も校長役の学生の話を聞く。
「えー今日から君たちは、学生です。通学理由は人それぞれ。ですが老若男女学生としての本分を忘れず、バーチャルとはいえ清く正しい学生生活を……」
長々しく話す生徒の話にあくびをしてしまう。なかなか堂に入っている姿はさすが「元校長経験あり」といった様子だった。
眠くなる事請け合い。それと決まってこの時期になるとこの話だ。
特殊な学校ではあるが、なんてことはない。姿カタチ変われども、お決まりの言葉を話すだけだ。
校長役の生徒の話がひとしきり終わると、同級生が肘でつついてくる。
「おい、あそこ見てみ。梅子さん呼んでるぜ」
「あ? げっ」
観ると、一人生徒会の腕章を付けた女子生徒が近づいてくる。
勝気な表情に肩を怒らせて、ずんずんと。
「悪い、俺逃げるわ。んじゃ」
「こら待て公彦(きみひこ)ォ!」
「うっせばばあ!俺なにもしてないって!」
「先生の話をあくび交じりに聞いてただろう! あと梅子先輩って言いいな」
「そりゃ同じ話聞いてりゃあくびもしたくなるって! あとババアはババアだろうが!」
ぎゃーぎゃーと二人して喚きながら体育館の中を追いかけっこする。
向こうのが体力がある。徐々に距離が詰められて、げんこつを食らった。
「いってぇ、暴力反対。いじめ反対。時代錯誤ー」
「ふん、私らの時代じゃ普通のことさ。いつの時代も不真面目な生徒はお説教だよ」
「若作りしちゃってさ」
「あん?」
再びげんこつを食らう前にチャイムが鳴り響く。
目の前の梅子先輩はため息をつき、げんこつを開いて俺の頭の上に乗せた。
そのまま困った顔でこちらにはにかんだ。
「元気なのはいいけど、しっかりね」
なにをしっかりだ。なにを言い返せばいいんだろうと、言葉に悩んでいる間に梅子先輩はそのまま教室へ戻っていった。

教室に戻って勉強をする。カリキュラムは自分で組めるのがいい学校だなと思う。
普通の高校がどんなところなのかは知らないけれど。
ペンをタッチパネルに走らせて、数学のテスト問題を解いていく。
答え合わせをすると満点だった。あまった時間で窓の外を見る。
澄み渡った青空だ。校庭の外には町が広がっている。
その先にも町が見える。でも、その先には何もないことを知っていた。
僕はこの街しかしらない。この先に何があるんだろうと思うのは、いつからかもうやめてしまった。
ぼんやりとうつ伏せになって教室を見渡す。いろんな肌、いろんな学生がいる。
普通の学生。普通の学校生活。
みんな制服に身を包んでいるが、その何割がまともに「卒業」できるんだろう。
ふと虚空に指を走らせて「自分のバイタルサイン記録」のホログラムを出す。
弱弱しく脈を打っている。まだ、打てているようだった。
自分も卒業できるのかなと思っていると、チャイムが響いた。
同級生が肘で小突いくる。
「ん?」
「弁当持って来てるぜ。お前、梅子先輩とどういう関係だよ」
「別に。ただの親族だよ」
家族、と口からはでなかった。

昼休みに学食へ行く、生徒でごった返している。
活気がある、といえば聞こえはいいがとにかく煩雑だ。
意味もなく動き回ってはしゃぎまわってプロレス遊びなんてしてる男子学生たちもいる。
その中で、梅子先輩の弁当を食べる。
ハイカラ好きの梅子先輩はいつもメニューが違う。今日はトンカツとサラダと梅干とごはんだ。
「なぁ、俺食欲なくてさ」
「しっかり食べな。元気にならないよ。……あと梅子先輩呼びそんなになれないか?」
弁当に箸を付けようとして、一瞬手が止まった。
「だってさ。ばあちゃんはばあちゃんだろ」
「今はぴっちぴちの18歳だもんね」
「だもんねってあのなぁ」
「この体になって、気分まで若返った気分さ。油ものも胃もたれしないし」
梅子先輩はとんかつを口いっぱいに頬張ると笑顔で食べ勧める。
俺は先輩の作ってきてくれた弁当を口に運ぶ。うまい。
「栄養なんて、ないだろ」
「気持ちが大事だ。いっぱい食べれば。現実の公彦も」
「うるせぇよ!」
急な大声に少し、食堂が静まり返る。
すると、見かねたのか一人の大柄な男子生徒が近づいてくる。
「おい、先輩に向かってその口の利き方はなんだ!」
「やめな」
殴りかかられると思ったとき、梅子先輩が制止してくれた。
ほっとしたのもつかの間、男子生徒は苛立ちを先輩へと向ける。
「だいたいお前も態度がでかい。女だからってな」
「……どれくらい時間があるか知らないけど残りの学園生活楽しみな。損だよ」
にっこりと笑顔で返す。男子学生は、その言葉に自分の体を見て眉間に皺を寄せる。
言い返す気分も失せたのか鼻を鳴らして、その場から去っていった。
梅子先輩は俺に視線を戻す。
「体が変わっても中身までは変えられないね。……公彦、授業が終わったら生徒会室に来な」


生徒会室に入ると夕日が照っていた、梅子先輩はもくもくと1人で学園祭だかのパンフレットを手作りしていた。
「お、来たかい。座んな」
黙ってそのまま対面に座る。
「なに手伝い。それか説教?」
「そうカッカしなさんな。ちょっとした世間話さ」
梅子先輩は机においていたパンフレットを指す。
表紙には元気な男女生徒がにこやかに手を取り合っていた。
「感想は?」
「意外にもセンスいいじゃん」
「ふふん、そうだろう。……なぁ公彦将来何になりたい? 私はね、絵描きになろうかなって」
「……卒業決まったの。いやてか何言ってんだ、生い先短いのにさ」
言葉のままに返すと、泣いたような笑ったような表情で返してくる。
「完治したってさ。ただこの体になったからか、どうにもやりたいこととかしたいことが増えてしまってね」
パンフレットを何気なくめくる。あいさつの項目に目が留まった。
『この学園は特殊な学校です。認知症やガンや難病など。闘病している老人や子供のためのバーチャル学校。
医療は発達しましたが、どうにもならないことが多くあります。
そんな中、身体機能をAIでサポートして学生として学園生活を送り、その間に闘病する。
同じ時間を過ごす者として、学生として。年齢差も吹っ飛ばして学生になれたら。それを実現する場所です。
少しでも、この学校が私達の良き学び舎となるよう今を楽しみましょう。 3年東田梅子』

「私はね、感謝してるのさ。こんなにも楽しい学校に通えるのがさ」
ばあちゃんは夕焼け空を見てほほ笑んでいる。
「生い先短いやつ、闘病してるやつ、交通事故で半身不随なやつ。いろんなやつがここに通ってる」
小さくこちらに微笑みかけてくる。
「年取るので一番嫌なのは段々と色眼鏡が外せなくなってくるのさ。年齢とかプライドとか、いろんなもんが邪魔して話すことすらできなくなっちまう」
パンフレットを大事そうになぞって、外を見る。夕焼け空は現実にも劣らず僕らを照らしている。
「認知症ってのは言い訳にならない。いっぱいひどいことを言ってしまった。大事な孫なのにさ」
ごめん、とどちらからともなくつぶやいた。梅子先輩――一瞬現実の梅子ばあちゃんと重なった気がして――驚いた様子でこちらをみる。
今自分がどんな表情をしているかわからない。ただ言葉は塩辛く、つかえながら出た。
「……俺も。病気でいらいらしてて、自由に体動かないのにさ。ばあちゃんに面倒かけて」
嗚咽が漏れる。
「父さんも母さんも俺を捨てたけど、ばあちゃんだけが俺診てくれたじゃん」
ばあちゃんは立ち上がり、こちらを観る。夕焼け空を背に浴びて、満面の笑みを浮かべる。若々しい女学生。
「学生ってのはいいね」
「……それちょっと年寄りくさいよ」
「そりゃばあさんだからね」
2人してクスクスと笑う。
ここに来てからの方が話す。向こうでは病気のこととか、両親のこととか、色々なことが邪魔をしてしまっていた。
制服を着て、一緒に登校して、一緒に勉強して。
虚構(バーチャル)な世界だけれど、まぎれもなくここが、僕らを現実につなぎとめてくれた。

「で公彦、お前なにになりたいんだ?」
「……先生になりたい」
「そりゃいいね」
「ばあちゃんにだってまだ恩返しできちゃいない。早く卒業したい。社会人になって仕事して」
「恋もしなきゃだしね」
「恋愛、とかはよくわかんねぇ」
「それでもアンタ私とじいさんの孫かい。私の若い頃はねぇ」
「今は18歳じゃなかったっけ」
「あら、そうだわ。ハハ、じいちゃんはそりゃもうスケコマシ野郎でね。一緒にここに通えたらよかったなぁ」
希望が口から洩れる。これから先どうなるかわからないけど、どうにも話すことがやめられない。
「ま、そうなったら爺さん嫉妬するね。これでも告白めっちゃされてるからね」
「え、マジ?」
「そ。ま、今アンタの世話みないとって断ってるんだけどね」
「うわそれ勘違いされるやつじゃん……」
梅子先輩は俺の頭に手を載せて、ぐりぐりとなでてくれた。
姿を違うけれど、優しいおばあちゃんのままだった。
「いっぱい恋して、いっぱい勉強して、いっぱい生きることを楽しみな」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?