普通に生きたい僕であった(59)
全くなにも思い出すことができない。事業中でもいったいいつこんなことをしたんだ!という疑問があった。だが、いったい誰に訊けばいいのかもわからない。
この苦痛時間が終わり、全員が部屋を出ていった。そこに残ったのは2人の少女と1人の男性だけだった。「どうした、帰らないのか?」男性は僕たちを見てきた。
帰る?どこに? 帰る所なんてわからない。思いつかない。「遅くなる前に帰れよ」男性は言い残して部屋を出ていった。そこに残ったのは僕を含んで3人。気まずかったのでとりあえずこの部屋を出ようかと思った。
立ち上がり、ドアめがけて歩いていると腕をつかまれた。さっきまで椅子に座っていたはずだ。こんな速くここに来ることは…可能かもしれない。わからない。彼女は僕を部屋の中心まで引きずっていった。抵抗しようとしても何もできなかった。
彼女は僕を椅子に座らせると上に乗った。彼女は軽かったので簡単にずらすことはできた。だが、体がなぜかそうしなかった。「ねえ」もう一人の少女が話しかけてきた。誰なのかはわからないが、懐かしかった。ずっと前から知っていたかのようだ。「?」僕は首をかしげた。「帰るところ、覚えてる?」僕はゆっくりと首を振った。実際に本当だ。覚えていない。知らない。持っているのかもわからない。自分の親がいったい誰なのかもわからない。この2人が誰なのかも知らない。
ここがどこなのかもわからない。
「本当にわからないの?」私・市川一見は聞いた。君は頷いた。本当に覚えていないの?何も。私のことも。 私は目から一粒涙が流れ落ちた。悲しい。心が痛む。どうやったら記憶を取り戻すことができるのかもわからない。
どうすればいいの、お父さん。 だが、もちろんお父さん・府氏橋が来るわけない。神ではないのだから。ちょうどその時私は考えた。「井辺名くんのお父さん!」空にめがけて叫んだ。人生でこんな大きな声を出したことはなかった。出す機会もなかったからかもしれない。井辺名くんのお父さんは今、死んでいる。だが、どうしてかはわからない。でも彼は神になっている。それも高い位の神らしい。だから私の声も届くはず…
何も起こらない。うんともすんとも音もたたない。誰かが現れた気配もしなかった。終わった気がした。もう私ができそうなことはない。あるとすれば…
「私の家に来てくれる」これは質問じゃなかった。どちらかというと命令的なほうだ。井辺名くんは頷いた。まるで他にすることがないかのような顔だった。私は君の手を引きながら学校を出ていった。もちろん後ろからはあの少女が付いてきた。名前を聞き忘れていたが、今は聞く気ではない。そのまま歩道を歩いていた。横ではスーツを来た男性や女性、学校帰りの生徒が通り過ぎていた。私たちに目を止める者はいなかった。いるわけない。私たちもみなと同じ道を歩くただの生徒なのだから。
私はそのまま私の家まで彼を連れて行った。私は自分の部屋に入ると井辺名くんを見た。「ねえ」今度は違う質問を聞いてみた。
「飛んでみて」
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