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4-1. 行政支援の現場から見た自殺予防の課題①ーいのち支える自殺対策推進センター 森口和さんインタビュー前編

特集(自殺予防実践の現場から見た、実践・研究・行政上の課題)
森口 和(厚生労働大臣指定法人・一般社団法人
いのち支える自殺対策推進センター地域連携推進部)
末木 新(和光大学 教授)
自殺予防マガジン "Join", No.4

「いのち支える自殺対策推進センター」地域連携推進部に所属し、特に自殺対策に関する地域行政の支援に関するお仕事をされている森口和さんをお招きし、自殺対策の現状とその課題についてお聞きしました。

厚生労働大臣指定法人として、自殺対策に関わる仕事の概要

【末木】 本日は、よろしくお願いします。早速ですが、本題に入らせていただきます。いのち支える自殺対策推進センター(以下、JSCP)については、なかなか身近に感じられるという人も多くはないと思うのですが 、現在、森口さんはどのようなお仕事をされているのか、簡単にご説明をいただいてもよろしいでしょうか。

【森口】 令和元年に、議員立法で「自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等の推進に関する法律」という法律が制定されました。この法律に規定されている自殺対策業務を行っていくことがJSCPの役割です。

具体的には、以下のものが大きな軸になっています。① 自殺や自殺対策に関する調査・研究・検証、② 調査・研究を行う人への助成、③ 先進的な取り組みに関する情報収集、④ 地方公共団体への助言や支援、 ⑤ 自殺対策に関わる様々な立場の人への研修、です。

【末木】 ありがとうございます。今、森口さんは、地域連携推進部に配属されているわけですが、主要な業務やお仕事はどのようなことになりますでしょうか。

【森口】 先程お伝えしたところの、自治体による自殺対策の実施に関わる様々な事業です。自治体から自殺対策に関する相談を受ける中で、「どんな取り組みがあるのだろうか?」と調べたり、地域自殺対策計画策定への助言を行ったりもします。各自治体での計画の策定については、現在、一通り落ち着いた状況ではありますが、そろそろ5年経って見直しという時期に入っているので、そのあたりに関する相談がけっこうあります。あとは研修です。去年は、研修が多く、全国の自治体に向けた研修を10回ほど行いました(※注:研修会の内容は以下の表を参照してください)。

研修会一覧

【末木】 個々の市区町村などの自殺対策担当部署から、「具体的にどういうことをやればいいのか?」という相談を受けているということですか?

【森口】 そうですね。「いのち支える自治体コンシェルジュ」という名前でやっています。相談が来るところとして一番多いのは「地域自殺対策推進センター」(以下、地域センター)になります。地域センターは都道府県と政令指定都市に置かれているので 47 + 20 の計67団体あります。元々地域センターを運営する要綱の中で、「自殺総合対策推進センター(JSSC)と連携するように」となっていて、それを引き継ぐ形でJSCPが地域センターとの連携を図っています。

あとは都道府県とか政令指定都市の自殺対策主管課もあります。ここは基本的には、直にJSCPとやり取りがあるというよりは、基本的には厚労省が相手方になるところです。というのも、厚労省が地方自治体向けの交付金を扱っていて、基本的に交付金の処理をするのが主管課というところだからです。

最後に、市町村です。

つまるところ、都道府県から市町村まで、自殺対策に関わる自治体関係者からの相談に、幅広く対応しています。

【末木】 地域自殺対策推進センターというのも、あまりその存在が知られていないように感じるのですが、地域センターというのは、都道府県と政令指定都市にそれぞれ設置されているということですか?

【森口】 はい、その通りです。精神保健福祉センターが単独で担っている場合が半数弱、精神保健福祉センターと主管課とが連携して担っている場合が約3割に上ります。ご存知の方もいるかもしれませんが、精神保健福祉センターは基本的に、精神保健及び精神障害者福祉に関する事柄がベースになっているので、どうしても「精神保健・精神医学領域での自殺対策」という視点が強くなりがちです。一方で、日本の自殺対策は「地域づくり・社会づくり」という視点も非常に大事にしながら進めているので、できるだけ幅広の事業をやる主管課も地域センターの運営に関わった方がいいという話もあり、今はその両方に設置されている場合もあります。

行政内における部門の役割についての説明

【末木】 「主管課」という用語に慣れない人も多いので、もう少し説明いただいても良いでしょうか。

【森口】 いわゆる “県庁の方”、"県の職員の方"というイメージを持っていただければいいと思います。精神保健福祉センターも県の職員なんですけど、精神保健福祉センターの方は、県の職員かつ専門的な職員の方、精神保健面での専門家です。主管課の方は、予算管理を含めて事務を行うことに慣れている事務方の職員の方。ざっくりと言えばそんな感じですね。

【末木】 なるほど。そして、そちらからも相談が来る?

【森口】 精神保健福祉センターの方は、一個一個の自殺対策事業というのをやっているとしても、相談に関する事業が多い感じです。それ以外の事業では、やはり主管課が扱うことが多くなります。広報や普及啓発、委託研究、ハイリスク地対策などは主管課がやっていることが多いイメージです。必ずそうだというわけではありませんが。

【末木】 そして、それに加えて、3つ目の層が、基礎自治体になる?

【森口】 例えば、山梨県を例にとると、山梨県では、「山梨県自殺防止センター」というのが地域センターとして設置されています。それと、山梨県の主管課、3層目が、甲府市とか甲斐市とか、そういった各基礎自治体ということになります。また、市区町村は県が交付金を一括して申請するという扱いになってるので、基本的には県の主管課と密接に関係しています。

【末木】 市区町村や小さい基礎自治体というのは、交付金を使って何らかの事業をしたいと思った時に、県の主管課を介さないとできないということでしょうか。

【森口】 県に申請して、それが厚労省に届けられ、そのうえで交付金の予算が認められるという形になります。

自殺対策に関わる行政の複雑さ

【末木】 例えば、地域センターや精神保健福祉センターは、いわゆる "政策としての事業" みたいなことをやるのにはそこまで慣れてないというような側面があると思いますが、そうなると、やはり総合的な自殺対策の実施という面では主管課の役割が大きいのかなという印象を受けたんですが、いかがでしょうか。

【森口】 状況をさらに複雑にしてしまって申し訳ないんですが、実際には話はもう少し複雑です。例えば、県の中には、「保健所」の人たちもいるわけです。県の主管課の方は事務方なので現場についてはあまり詳しくない場合もあります。どちらかというと、保健所の方が各管内の市町村を支援するという現状の方が多いです。保健所の担当の部署というのは県の中で、課が違ったりするので、そうなると同じ部内でも場所も全く違うとこに設置されていて距離があって… といったことも起こります。

なので、自殺対策に関わるプレイヤーとしては、地域センターが精神保健福祉面での担当、主管課が行政事務的なところの担当、保健所が基礎自治体に近い存在で自殺対策を含む保健福祉分野の支援をする、という感じになります。県単位では、この3者が積極的に関与していただかないと、市町村の支援というのは上手くいかないということになります。

【末木】 すごい単純な感想なんですけど、複雑ですね (笑)

【森口】 縦割りといえば、そういう部分はあると思うんですけど、でもそうじゃないと事務が一個一個処理できない。世の中の複雑さを反映してそういう組織になってると思うので、自殺対策というものは、どこか一つ/誰か一人で対応できるものじゃないということなんだと思います。

寄せられる相談内容とその課題

【末木】 今、ご説明いただいた中で、ちなみに言える範囲でもちろん大丈夫なんですけど、どんな内容の相談がJSCPには来るものなんでしょうか?

【森口】 細かいところで言うと、例えばJSCPのホームページでも使っている、"いのち支える"という4色のロゴマークがあるんですね。

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それを「普及啓発グッズに使いたいんですけどいいですか?」という質問がきたりします。そういうものから、計画策定の中身に踏み込んだようなものもきます。5年を目途に見直しが行われる自殺総合対策大綱が、今、見直しの時期を迎えており、「いま他の自治体ではどういうことをしてますか?」という問い合わせだったり、あとは、個別の自殺未遂者支援とかで、「事業を始めるには、病院のどういう人に働きかけて行ったらいいですか?」などの計画の具体的な中身に踏み込んだ質問もあったりします。本当に色々です。

あとはそれこそ、上記の自殺対策に関わる様々な人たち同士がどう連携すればいいのか、ということなども含めて相談を受けたりします。様々な相談があるので、簡単な質問だとすぐに答えられるんですけど、難しい案件についてですと、対応にけっこう時間が掛かる場合もあります。

【末木】 自殺対策の具体的な行政の仕組みについては、知らないことがたくさんあるなという感じです。

【森口】 自殺対策について言うと、目に見えやすい部分だとゲートキーパーとかがありますが、それ以外にも普及・啓発事業や個別支援・相談事業もあれば、会議の運営や計画策定もあるし、色々だと思います。

【末木】 そういうところの相談に乗ったりしているわけですね。

行政に関わる方への研修

【末木】 あとは、そういった自殺対策の行政に関わる方々に対しての研修みたいなこともかなりやられているということでしょうか?

【森口】 去年は、広く自治体の方に向けて、自殺未遂者支援事業を行うための研修、「生きることの包括的支援のための基礎研修」を、また地域センターの方向けに、年度の初め5月頃に初任者研修も行いました。

自治体の職員の方というのは基本3年くらいで異動してしまいます。そうなると担当者の知識がゼロになるときというのが3年おきくらいにあるという感じになります。なので、まず初任者の人に研修をします。そして、中上級者向けとして動画を作成しています。20~30分くらいのテーマに応じた動画を届けて、それを見ていただき、知識のアップデートに役立てていただきます。

初任者研修と中・上級者研修の中間のところで、「生きることの包括的支援のための基礎研修」(注:リンク先は2021年の1回目について)というものをやっています。こちらは、知識の伝達だけでないような研修を目指していて、講師の人柄とかも含めて「事業を起こしていく」という部分を理解して欲しいなと思って企画している研修です。これは、 Zoom で上限500人参加可能で、2時間半くらいの研修です。

この研修では、できるだけ、自治体の職員や民間団体の方を複数名呼んで、実際に支援に携わっている人の声を生で聞いてもらっています。講師の方には、抱いている課題や悩みなども含めて話をしてもらっています。狙いとしては、同じような課題を持っている他の自治体がいろいろ悩みながら事業を行っているという現場を見てもらうための研修になればいいなと考えています。

【末木】 いわゆる自殺対策に関わる行政の方にも知識のレベルとしてかなり差がありますよね。なので、初任者研修や、もう少し上級の少し慣れてきた方向けの研修があったりなど、レベル分けをしている。その中で例えば、実際に、既に行われてるような自殺対策の実践事業をやられてるような方を呼んできて、「こういうことをやっています。こういうことが課題になっています」みたいなことを話していただき、そこに参加して、まだそういう段階まで行っていないような自治体の方にも取り入れてもらうようなことを考えてもらうきっかけを作る。そういう研修が進んでるということで合っていますでしょうか。

【森口】 おっしゃる通りです。どうやって事業を立てたらいいか分からないという意見が多くあるので、そこをなんとか分かってもらえるようにイメージをして研修を行っています。

課題に感じていること

【末木】 自殺対策基本法は、できてからもう15年くらい時間が経っています。全体の流れとしては、おそらく地域の方でなるべく個別・具体的な対策を立てて、その地域の実情に合わせて対策をしていくというような大きな枠組みがあるかと思います。その流れの中で、地域支援というのは非常に大事になってきているところだと思うんですけれども、そういったお仕事にあたられてる中で、どの業務からでもけっこうですが、課題と感じられてることがあったら教えて頂きたいです。

【森口】 まず一つ言えることとして、色々な自治体で自殺対策が進められていますが、どちらかというと上から降りてきたものという意識が強いのではないかと思います。まず法律(自殺対策基本法)ができました。そして、「皆さん、何かやりましょう」という感じから始まって、「計画作りましょう」となり、その後、全国で、トップセミナーが行われて、首長にまずそこを認識してもらった上で、首長がリーダーシップ取ってやっていきましょうというのがこれまでの自殺対策の大きな流れだったと思います。

そのときには、同時に、色々な地域で属人的に自殺対策に取り組んでいる方々もいました。ただ、そういった方々は少数であり、そういう少しだけいる地域の方々と、大きい枠として降りてきた部分とが合わさって回り始めたのが自殺対策かなと私は思っています。

大きな枠組みが上から降りてきたものですから、自治体の現場の一人一人の職員の方が、それにとても賛同して計画や事業展開をしていったのか?というと必ずしもそうでない部分もあって、「やるように言われたから」という部分があります。これは行政だったら、往々にしてどの領域でもある部分かなと思いますが、そういう部分もあるのはまず一個目の課題だとは思っています。

その中で、しっかりとした枠があるというのはとても大切なことです。法律や大綱、計画策定の義務があることによって、各自治体の中で対策について話すきっかけが生まれます。そこを足がかりにして様々な対策を展開していくことができる。これは素晴らしいことです。もちろん、まだまだ細かいところを見ていけば色々な取組を行う余地はあります。ただ、そうした状況を少しずつ解消していくことが現状の課題でもあるし、今後の道筋になるんだろうなと思っています。

【末木】 自殺対策は既にご説明があったように非常に複雑で規模が大きいものですので、色々な取組を行って いくのは大変な仕事のように感じます。

【森口】 大きい、しっかりとした枠ができているので、一人ひとりの問題意識が重要だと感じます。そういう意味でも、研修でお話いただいた講師の方々の話を聞いて、自分の自治体でも何かをやろうと思う人が増えてもらえるとうれしいです。

【末木】 「生きることの包括的支援のための基礎研修」などをきっかけに、自殺対策に関わる行政の方々の知識や意識がより良い方向に向かっていき、各地域での先進的な取り組みを相互に取り入れながら、大きな枠組みの中身が今後成熟していくんじゃないか、というような形が、目指すところということになりますでしょうか。

行政における"3年異動"について

【末木】 先程、行政に関わる職員の方の異動のことをおっしゃられていましたが、行政の現場での異動は私のような大学教員などの立場から見ると、かなり頻繁にあるように感じます。もちろん部署や専門性にもよるのだと思いますけど、数年単位で移動して変わってしまう。そういった中で、どういった枠組みがあれば自殺対策の質は維持されるのでしょうか。

【森口】 地域自殺対策計画があるので、全くのゼロにはならないと思います。しかし、計画の中で当初あった/前の担当者が持っていた「思い」みたいなものは消える部分もあると思います。そこはやむを得ない部分かなとは思いますが、人の異動があった際に、なるべく早く、知識や経験の少なさによる問題を乗り越えて、対策に取り組んでいただけるよう後押していくのが我々の大きい課題、使命だと思っています。

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以下、後編へのリンクです。

■責任編集 末木 新(和光大学 教授)

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