矢違アキラ短編集 其ノ参 を読了して…4/8

年始に買った我が推し作家、矢違アキラの短編集其ノ参を、この度ようよう手に取り読む事ができた。
良い機会なので読了したその勢いのまま感想を書き連ねることにする。

全体を通して

今回の短編集のテーマはおそらく、忘却。
それは夢であったり、人間性であったり、日本古来の風情であったり、想い出であったり……俺がそう感じたというだけであるが、どの物語にも寂寥と懐古が揺蕩っている。
どこか懐かしく、そして物悲しく。読んでいて心が暖かくなるような、それでいて身体は冷たくなるような……そのような話が多かった。霧に包まれるように優しく責め立ててくるような、しかし暖かく降る慈雨のような?
……それは俺が夢を置いてきて、様々な物を忘れて生きているからだろうか。そして今、自分なりに踏み出し始めたばかりであるためか……作中の幾人かの主人公たちが終わり際に感じたであろう晴れやかさを多少、汲み取ることは、出来たと思う。
読む人によって感じ方が変わってくるかも知れないな。まあ何事もそうだが。
あと、ところどころ現代社会への厭世と諦め……いわば疲れが滲んできている気がする。前作までもそうだが、作者自身の感じた荒廃なのだろうか。
文章は古風かつアンティーク……いや、文体から言うなればヴィンテージと言うべきか。七五調のような部分も散見され、小気味良い読み口となっている。あれ?そうなるとやはりアンティーク?まあそれは良い。音読するとさぞ気持ち良かろう。今度してみようか。マイクほしいな。
幻想文学と銘打ちに違わぬ、ふわふわしとしととした文章は更に磨きがかかったように思える。
とかく描写が良いんだよな〜。細やかな言葉遣いや色表現、肌の感覚、男女の違い……そういうところを語彙を駆使して紡がれるのは、個人的にも大いに参考になる。美しいんだな。
挿絵も良いよね挿絵も。幻想的な色使いが上手い人だ。
タイトルと背表紙の金の装丁も風情がある。良いトリオだ。

一 月白

実は最初の月白はあまり忘却要素が無い。
月、雪、夜。密やかな男女の逢瀬……幻想浪漫の美しさがギュッと詰められた一編。
剛健な男と、触れればとけそうな女性、髪は夜、瞳は宇宙……今作全編に渡り使用されている描写だが、月白がそれを一番強く感じる作品であった。
いやー……こういう恋物語は…ロマンだよな。
櫛を入れるところがね……良いよね……

二 春眠花

ひとりごとを読むと何となくわかるが、決意表明なのかも知れないなこの話は。
忘れていた幼き日の記憶。夢。連綿と続いてきた人の想いとその継承。それらをボーイミーツガールwithロマンスグレー(?)として書き上げるのは確かな手腕を感じる。
いや……そのまま読むのでも幻想的で良いけど、そういう背景を考えつつ読むとまた味わいが違うってことを言いたくて……ね?

三 東雲の海

今作、一番のお気に入りの一編がコレ、東雲の海。まず挿絵がいいんだ挿絵が。海月の美しさと水に濡れた電車の床、そして窓から見える東雲の海……良いねえ。
中性的な少年と、人懐っこい少女という組み合わせもいい。無明の闇の中を走る電車で、彼らと心通わせる草臥れた青年は、大切な物を思い出せたようだ。
いつか、また景色が見えるようになればいいな。俺も今は見えなくなってしまった景色が……あるのかなあ。
闇に光射し、東雲が生じるところのカタルシスがね……良いんだよね。電車降りて雨にうたれ……それが晴れてセミの声。ここも爽快だよね。普段なら傘差すところ、濡れて、それが乾く……言い表せないが、気持ちが良いんだ、読んでて。

四 竜胆鳳

リンドウアゲハとよむ。鳳でアゲハと読むのは知らなかった。艶やかだな。
盆。忘れられ、打ち捨てられた存在をも救い共に焼かれ天に昇る存在。
いるのだろうな、おそらく。そういう神も。我々が知らぬか、忘れているだけで。
今年の盆は、長らく行っていなかった父方の祖父母の墓を参ろうか。誓うことは何も無いが、たまには良いだろう。
アキラ氏の作品群に時折ある、忘れられ行く伝統や神仏に焦点を当てたであろう一編。日本古来の風習や風土、精神性……失われるのは惜しいよなと、読んだときは思いを馳せる。
忘れられた幻想はどこへ行くのか。

五 繭

人の心、社会の荒廃、それに迎合し自堕落に耽る者たちに対する厭世がみっちりと詰められている。何があったんだと心配になるくらいだ。
染み付いた煙草のニオイ。下卑た男たち。水で薄めたトリカブト。破滅主義と自己陶酔と快刀乱麻に斬って捨てるが……その薄っすらとした絶望が、多くの人間を取り巻いているのもまた現実。世の中、ハッピーで埋め尽くされんものかな…ほんと……
いつか少女も繭から出られる日が来るといいが……
煙草のニオイが出て来たから、何らかの香が出るだろうなと思ってたら白梅の匂い袋が出て来てにっこり。今年は香を試してみたいんだよな〜

六 色無墨染

サブタイトルにもなり、表紙にもなっているだけあり今作でも指折りの名作。失われてしまった幻想を、かつて夢を守ってくれた存在を、魔法では無かったが、魔法を扱えるようになった自らの手で蘇らせる。
とかく終盤の盛り上がりが凄まじい。脊髄を電流が駆け昇る程の快感!ぶわっと満開の墨染が広がる様がまざまざと目に、脳裏に、心に焼き付く。くはーっ!堪らぬ…堪らぬ……!
……ダムや治水は、人が自然に抗う策として必要な物だと俺は思う。自然や、慣れ親しんだ景色や、そこにある歴史、営みが失われるのはやるせないが、それよりも今現在の人の営み、人の命が守られる方が、俺は尊いと思う。
だが…………技術がより発展して、自然を守りつつ災害への備えが出来るようになれば、このような哀しみもまた減るのだろうか。早くその日が来るといい。

七 一人静

過去に置いてきた忘れ物はなかろうか。俺は今、それをもう一度拾い集め、やりたいことをやろうとしている。人生を楽しむつもりだ。
いや……ここに描かれているのはそういうものではなく、日本人が忘れつつある古来の伝統や、観念、思想の話なのかも知れないが、俺としては俺の人生で置いてきた物や夢、感情をこそ思い出し、大事にしていきたい。
互いに背を押し、生へと戻った二人の行く末に幸あれ。

終わりに

俺は先へ進む。忘れて来たもの、置いてきた夢は、俺の場合はその先にあるから。

ってさー!気障じゃんねえ俺ってば。
今作も良い短編集だった。今後色々と画策していることもあるそうなので、一ファンとして今後も矢違アキラ氏の作品を楽しみにしていきたい。
読んでない人は機会があれば読んでみてほしい。
読んだ人は……感想を共有しよう!
それではまた。

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