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韓国映画『仔猫をお願い』批評


『仔猫をお願い』〜学歴至上主義社会に放り出された高卒女子5人の友情〜

『仔猫をお願い』(2001) 脚本・監督:チョン・ジェウン
(原題:고양이를 부탁해、英題:Take care of my cat)

 『仔猫をお願い』(2001)は、当時韓国では珍しい女性の映画監督、チョン・ジェウンのデビュー作である。日本以上に学歴社会である韓国において、大学に進学しなかった高卒の若き女性5人が思春期を過ぎ社会の現実に直面した際の葛藤を描いた群像劇だ。

 本作の主人公のひとりであるテヒ役のペ・ドゥナは今や韓国を代表するトップ女優であり、韓国を代表する二人の映画監督、ポン・ジュノのデビュー作『ほえる犬は噛まない』(2000)、パク・チャヌクの『復讐者に憐れみを』(2002)の主演でもある。また、日本を代表する二人の映画監督、山下敦弘の『リンダ リンダ リンダ』(2005)、是枝裕和の『空気人形』(2009)でも主演を務めている。
 劇中に出てくる幾つかのキーワードを取り出して、本作が描いているIT革命真っ最中の韓国社会の空気を感じ取ってみたい。

〜あらすじ〜
 海に面したインチョンの波止場で、軍歌を歌ったり写真を撮りあう無邪気な仲良し女子高生5人組。数ヶ月後。インチョンの商業高校を卒業した彼女らは大学には進学せず、それぞれが社会の厳しい現実にさらされていた。
 家業のサウナ屋を無賃で手伝いながら身体障害者の口述筆記のボランティアをしているテヒ。外国でテキスタイルの勉強をすることを夢見るものの、現在無職で父母を亡くし祖父母と暮らす無口のジヨン。コネで証券会社に就職したものの、大学を出ていないため総合職の女性上司などから軽んじられ、お茶くみとコピー取りの雑用しかやらされない容姿端麗なヘジュ。露天商の仕事で生活費を稼ぐ双子のピリュとオンジュ。
 テヒが高校時代の親友5人の連絡係となり「最低月に一度は5人で集まろう」と声をかけ、クラブに行ったりお茶したり、散歩やショッピング、食事会をして高校を卒業してからも時折遊んでいた5人だが、個々を取り巻く環境の変化に応じて友情の絆は薄れ始める。
 仕事、家族、恋愛、友情、漠然とした将来への不安……5人それぞれが変化の中で右往左往しながら葛藤する。5人で久しぶりに朝まで飲み明かした翌朝、ひとりで先に祖父母と暮らす古家に帰宅したジヨンを悲劇が襲う。

 タイトルにもある「仔猫」は、本作において5人の友情の絆として機能する。仔猫を路上で拾い『ティティ』と名付け飼い始めたジヨンだったが、悲劇に遭遇し理不尽にも留置場に入ることになる。警察へ行く前にジヨンは仔猫の世話をテヒに託す。
 家族に内緒でこっそり子猫を世話するテヒであったが、劇終盤である大きな決断を下し、そのアクションを起こすために仔猫を双子のピリュとオンジュに託す。
 この「仔猫」は、例えて言うならば小津安二郎監督の『お早よう』(1959)にて「英語」と「テレビ」というキーワードを媒介として三つの世代が交わっていくのに近い役割を果たしている。巧みな演出である。

 さて、劇中の象徴的なキーワードを羅列してみよう。インチョン、国際空港、田舎(インチョン)と都市(ソウル)、韓国の唯一のチャイナタウンinインチョン、貧困、天井が崩れ落ちそうなボロ屋→修理を頼んでも文句があるなら引っ越せと強気な大家、酒の場の韓国式ゲーム、タバコ、学歴社会、高卒、証券会社、馬鹿にされる眼鏡→レーシック手術、英語、容姿端麗で英語が話せても大卒じゃないと一生雑用→自分より後に入社した大卒の後輩を優遇する上司、優しく親切な地元のボーイフレンドよりも職場の地位ある上司、「今一番重要なものは友情ではなくトレンディな洋服」、東南アジアの男性グループにナンパされても「アジアはダメ」と無視、家業を手伝う娘より大学受験を控えた息子に過保護な親、マンドゥ(韓国式まんじゅう)、トック(韓国式お餅で韓国の庶民的な食べ物)、アメリカのファストフード店、無情な警察、留置場、おせっかい、ワーキングホリデイ、オーストラリア……そして、友情と飛行機。

 取り止めがなくなってきた。正直に言おう。この文章は破綻している。本作を見ていない本文の読者は、上にキーワードとやらを羅列されても何が何だかチンプンカンプンだろう。
 ただ、一つ約束しよう。『仔猫をお願い』のラストは爽快だ。言うならば、北野武監督の『キッズリターン』や今敏監督の『千年女優』(アニメーション映画)のラストに近い爽快感を味わえるだろう。「悶々とした霧を吹き飛ばそうぜ!」そんな気分になれるはずだ。
 将来に漠然とした不安を抱えている、何をしたいかわからない若者に是非推薦したい傑作である。

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