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もうひとりの自分 第9話

あなたは就職が決まり会社に入ったら記念すべき1日目に何をしたか?何をされたか?
新人の挨拶、事務処理、荷物の運搬…

私の場合、生まれてから普通の生活を送ったことなど
ないので職に就くという感覚が全くない。
かと言ってお金がもうあるわけがなく、今いる住処も
そもそも私のではない。いつ不意に本来の持ち主が
訪ねてくるのかと思い出すだけでもゾッとする。


夢の中の私が働くであろう職場(もちろんイメージです)

空き家なので電気などなく真っ暗で何もやることない
のでおそらく夜6時か7時だろうか。時計持ったこと
ないので今までに「今何時なのか?」という感覚がない。
暗くなってきたからおそらく夜だろうと思いつつ
寝た。

さて夢の中の私はスーツをビシッと着てカバンを持ち
バスに乗り、会社へ向いた。
いつの間にか就職していた。経緯は何なのか?
しかし所詮は夢の中なので詮索しても意味がない。
私はオフィスに入った。小声で「おはようございます」と言っても誰も反応がない。


(イメージ)

私が配属している部署は主に営業である。部長の席の
上には
「一生懸命」「死ぬまで戦え!」
「世の中所詮は毎日戦争!」
というスローガンが書かれた額が飾られていた。

戦時中じゃないんだから…。しかし物騒なスローガンの
割にはみんな笑顔で電話対応している。しかも私は
スーツを着ているというのにそれ以外は何と私服。

「おい!」
あ、はい。
「がんばってるか?営業の仕事は毎日が戦争だ!かと
言って焦ってはならん。いいな、岡野」
あ、はい。

まず私は岡野じゃなく山田である。
そして声をかけた先輩は上半身裸だし、
さらにわからないのがこの先輩の名前だ。
それどころか部長含めてここにいる社員全員名前を
知らない。
誰も私だけスーツだとツッコむどころか見向きも
しない。

他の社員の机は物で溢れているにもかかわらず、
私の机だけはまるで全くいないかのように電話や名刺
以外何も置いていない。
私は一体この会社でどういう存在なんだと思いつつ
営業に出かけた。
ちなみに私が働いているのは火炎放射器などを取り扱う会社である。火炎放射器だぞ!物騒な商品でよくこんな
大きな会社ができたものだ。どれぐらいのシェアが
あるかわからない。そして用途も知らない。


どう考えても普通の生活で使用するはずがない商品
(もちろん画像はイメージです)

私は試しに火などを取り扱う飲食店に何件かまわり商談に向かった。どうせ罵倒されボコボコにされるのは
目に見えているけど。

飲食店店主「へえ。おたくはよりすごいもの
扱ってるな」
あ、はい。
飲食店店主「よしわかった!これもらうからな」
い、いいんですか!?
飲食店店主「おうよ!こんな貧相なガスバーナーなんぞ
やる気出るかってんだ!」
ありがとうございます!!

1件取れたぜ!生まれてはじめての商談がこんなに
うまくいくとは。しかし寿司屋なのに何に
使うんだろう?炙りは別にガスバーナーで十分じゃ?

私はいろんな飲食店にまわり商談の結果、全部契約が
取れた。社会ってこんなに行くものかな?
火炎放射器の知識なんぞ知らないのにイメージで
アピールしたら成立した。


営業のイメージ
営業成績表(イメージ)

営業成績を見た。あれ?私は最下位。1週間で240件
契約成立したというのに。な、何!?
首位の水野さん、1週間で77万件!?
いや、たかが火炎放射器だよな?そんなに需要あるの
か?
私は絶望に叩き落とされた。そして表には「村上光雄」
と書かれているが私は「山田利男」だ!
そういえば名刺でも「谷村勝哉」と書かれている。
これからの営業は「村上」「岡野」「谷村」の名前で
行かなければならない。


ある日のことだった。
部長「バカもん!誰がコンロの商談やれって言った!」
社員「火炎放射器ではさすがにできないという店が
ありまして」
部長「もういい!役立たずが!おい!こいつを別室へ
連れて行け!」
社員「ま、待ってください!もう一度チャンスを!」
部長「黙れ!」
別室へ連れて行かれた社員の叫び声が響く。ちなみに
この社員が営業成績トップの水野である。
社員「ああ、焼かれたな」
冷めた目で別室を見つめ一言言ってから何事もなかった
かのように業務に戻る社員。
恐ろしい。営業成績トップでも失敗したら「焼かれる」
というお仕置きがある。何と厳しい会社だ。
そのまた翌日。出勤してみると今度は部長が
いなかった。出張かな?営業で外回りかな?しかし
部長独自で外回りなんて珍しい。だがそんな部長が
いないことを誰一人気にせず仕事に打ち込む。
とても聞けるという気配でないので私もその場を
逃げるかのように営業に出かけた。
しかしその日はなぜか一件も契約が取れなかった。
そして契約先の店からはいきなり
「こんなもんでどう料理しろって言うんだ!?」
「おたくらはこんな物騒なもの作ってるんか!?」
「どういう神経なの?警察呼ぶわよ!」
と手のひらを返すかのようにつまみ出された。
この間まであんなに快く応じてくれたのに…。
途方に暮れたままいつしか夜になっていた。
会社に戻った。真っ暗だった。ああもうすでに
帰ったんだな。しかしおかしい。何かがおかしい。
あれほど書類や文房具などで溢れていた社員たちの机にそれがなかった。机と椅子が並べられているだけで
しかもホコリと蜘蛛の巣があってまるで何年も使われて
いない状態のようだった。すると自分の机にカゴが
置かれていた。カゴにはマッチの箱が何個も積まれて
いた。なんだこれ?

火炎放射器からマッチ?
私も何でそうなったか知らないが、「マッチ売りの少女」ならぬ「マッチ売りのおじさん」としてなぜかマッチを売り始めた。

そのとき私はどうしてか知らないがマッチ箱が積まれた
カゴを持って外に出て人が多いところでマッチを
売り始めた。
今どきマッチ売りって。どうせ売れなかったらマッチ
1本ずつ火をつけて死のう。そう思いながら売った。
そこへ男女の若者数人がやってきた。
あ、もうこれ終わったな。ダセー!でボッコボコ。
だが若者1人が「すみません。マッチ4箱ください」と
言われた。びっくりして何がなんだかわからないので
「800円です」と言ったら
「800円?安すぎません?売るなら8万だったら
買いますけど」
私も思わず8万と言ったら若者は何事もなかったかの
ように1万円札8枚を私に渡して本当にマッチ4箱を
取って去っていった。私は数時間呆然と立っていた。
用途も神経もわからない。
私は試しに近くを通った家族連れに声をかけて
マッチを売ってみた。すると
「5箱ください」とすんなり言われたので
「10万です」と冗談で言ったら本当に現金10万
もらうことができた。これはすごい。
私はその状況に味を占めたのか。翌日スーパーや
ホームセンターなどで売っているマッチというマッチを
買い占めた。そして夜になるとそのマッチを高額で
売り捌いたところその日は合計400万を売り上げた。
いやいやたかがマッチだぞ。今どきマッチだぞ。
すると向こうで爆音が聞こえた。あ、別の方向からも
凄まじい爆音とともに人々の阿鼻叫喚が聞こえる。
何があった?すると
「いたぞ!マッチ売りの男だ!それいけー!!」
な、なんでー?松明に火をつけもう片方には包丁や
金属バットを持って私に襲いかかってきた。
私はカゴを捨ててそのまま逃げた。命からがら
どこかの場所へと逃げ延びた。暗いのでどこが
どの状況かわからない。お金もない…。マッチも。
あ、マッチの箱があった。中に入っているマッチを
取り出し火をつけた。寂しそうに照らす火。
これが灯火というのか。これが消えると私の人生も。
ん?なんだかガスの何とも化学的な匂いが。ガス?
まさか…

ドッカーーーン!!!

「ああ!!」
目を覚ました。今回はやたらと長い夢だった。しかし
もう火関連の夢はごめんだ。
私の枕元になぜかマッチ箱が置かれていた。 何で?

第9話おわり

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