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JOG(1158) 美しい日本への道 ~ 『大きな努力で小さな成果を』から

「会社は世の中をよくするために、人の心をきれいにしていくためにあるべきだと思います」


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■1.「トイレのそうじをすると私の心もみがけたような気がした」

『大きな努力で小さな成果を』[鍵山]という意表をついたタイトルの本が出た。現代の常識では「小さな努力で大きな成果を」だが、その逆張りである。

 著者の鍵山秀三郎氏は自動車用品販売チェーン「イエローハット」の創業者で、10万人以上が参加するNPO法人「日本を美しくする会」の提唱者でもある。氏のトイレ掃除を通じた教育改革に関しては、弊誌480号「心を磨くトイレ掃除」[a]で紹介させていただいた。

 そこでは大分県の小学校5年生、足立弥佳さんの作文の一部を引用した。

 10月28日火曜日。5年生のそうじ場所「トイレ」を今よりさらにきれいにするため、イエローハットの方(JOG注: 鍵山氏)と一緒にそうじをすることになった。イエローハットの人や先生は、「トイレにも心がある」という。だが私は「そんなことあるものか」と思った。・・・

 担当の便器に着いた。足には、もうオシッコやちょっとのウンチがついていた。ヤスリでゴシゴシこするが、プールそうじとは違い、なかなかあかが取れない。だからもうヤケクソにゴシゴシやっていたが、ちっとも取れなかった。

 しかし、先生やイエローハットの方がいっていた「トイレの心」を思い出し、「きれいになるように」と思いながらこすると、「ツルッ」まるで本当に私の心が伝わったようだった。そして本当にトイレの心がわかったように思った。私は本当にビックリした。

 トイレのそうじ時間は2時間もあったのに、30分で終わったような感じがした。しかもトイレもピッカピカになっていた。・・・短時間で何年ものよごれを取った喜びは、人には表しきれないほどのものだった。

 トイレから出てみんなに会うと、みんな「私(僕)はやったぞー!」という顔をしており、かがやいていた。私のそうじを始める前の心は、とってもボロボロで汚かった。それはそうじをする前のトイレに似ていた。

 だが、トイレのそうじをすると私の心もみがけたような気がした。[鍵山H17,p185]

2時間もかけて、トイレ1つを掃除するというのは、まさしく「大きな努力で小さな成果を」だ。しかし、その努力によって、女子生徒の心も磨かれた。それはトイレがピカピカになった事よりも、はるかに大きな成果ではないか。

■2.「会社は人の心をきれいにしていくためにある」

 鍵山氏は会社経営も「心を磨く」ためにやってきた。

「本来、会社は世の中をよくするために、人の心をきれいにしていくためにあるべきだと思います」[鍵山(以下同)、p77]

「社員の心が荒れたまま、いくら売上げが上がっても、その利益には何の価値もない」[p63]

「どんなに立派な業績を上げたところで、社員の心がすさむような経営のやり方はよくありません」[p85]

 鍵山氏はこの信念を貫いて、「イエローハット」の経営をしてきた。

 昭和四十四(1969)年からは二つの大手ビッグストアと取引を始めました。しかし、二社との取引を進める中で、「こんな商いの仕方では、ずっと仕事を続けていくことはできない」と思い、社業全体の六割にも及んでいた二社との取引を両方ともやめることにしました。

 相手の営業マンが無理難題、派閥問題、そして無理な価格を押し付けたり、さらにはそのときの気分しだいで、わが社の社員を人間以下のように扱ったりするなどしたので、社員たちがどんどん精気をなくしていったのです。・・・そういう仕事をしていると、たとえそれによって自分の会社が儲かっても、社員が悪くなると思い、取引を絶ったのです。[p18]


 売り上げの6割を失うという決断を、鍵山氏は誰にも相談せずに断行した。反対されるのは分かっていたからだ。そのままだったら会社は潰れていたろう。しかし、その後に必死の思いで発売した商品が、まるで神様のご加護を得たかのように次々にヒットして、会社と社員を護ることができた。

■3.事業は国家を良くするための手段

 人の心を汚す企業が増えれば、世の中は確実に悪くなる。

 私が危惧するのは、世の中に蔓延する度を越した効率主義と能率主義です。・・・「自分だけが勝てばいい、それが幸せにつながるのだ」という間違った発想です。自分だけが幸せになりたいという自己中心的な考え方です。日本の国家がよくならずに、国家を構成する一人ひとりの人生が幸せに満たされるでしょうか。国家がよくならずに自分だけが幸せを享受できるはずなどないのです。

 私は、微力ながら自分のできることを通じて日本の国を少しでもよくしたい。それが私の、心からの願いでもあります。[p11]

鍵山氏にとって企業経営とは、国家を良くするための手段なのだ。だからこそ「会社は人の心をきれいにしていくためにある」とまで言う。いくら会社が儲かっても、それで国家を悪くしてしまったのでは元も子もない。

 ここで思い出すのは、松下幸之助の次の発言である。

 まだ会社が小さかったころ、従業員に、『お得意先に行って、きみのところは何をつくっているのかと尋ねられたら、松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのですと答えなさい』とよく言ったものである。[松下]

 これを筆者は、「事業を成功させるためには、まず人作りが前提」という意味で捉えていたが、その理解は浅かったようだ。

 事業は「世間良し」のためにある。とすれば、人作りこそ企業の最大の社会貢献であり、最重要目的であると考えた方が良い。そして人作りに成功すれば、事業の成功とそれによる「世間良し」もついてくる。事業の成功は「人作り」の副産物だ、と気付いた。

■4.「社長が朝からトイレ掃除なんかしているような会社じゃ、将来の見込みがない」

 鍵山氏が社員の心をきれいにするために始めたのが、掃除である。

 氏は、昭和8(1933)年に東京で生まれた。戦争中には家が空襲で焼かれ、郷里の岐阜に疎開した。食べ物にも事欠く生活だったが、家での掃除は徹底的だった。

 玄関の格子戸の桟(さん)はやがて細くなり、家の柱は角が丸くなりました。それほどまでに一日に何度も拭(ふ)き掃除が励行されたのです。これは掃除を怠れば、家人の心はすさみ、言動はやがて粗暴になるという両親の信念からの行いだったように思います。[p8]

 両親の信念を受け継いで、会社を創業してまず取り組んだのが、掃除、とくにトイレ掃除だった。と言っても、社員に命じたのではない。社長一人で黙々と始めた。

 最初はみな、無視、無関心でした。社内の人からも、取引先からも、銀行さんからも、
「社長が朝から雑巾・バケツを持ってトイレ掃除なんかしているような会社じゃ、将来の見込みがない」と言われました。

 私が会社に朝早く行って、トイレ掃除をして社員を迎えると、皆が出てきて汚してしまう。その汚したあとを掃除すると、また汚す。・・・この繰り返しでした。

 しかし、私は「絶対これは大事なことだから」と信じてやり続けました。[鍵山、p30]

 掃除で会社が良くなるという保証はどこにもなかったが、こんな状態が10年も続いて、ようやく一緒に掃除をする社員が出てきたときに、「間違ってなかったな」という実感を得た。それが確信に変わったのは、20年も経った頃だった。

■5.「変哲のない凡事も、徹底すればやがて非凡になる」

 鍵山氏がトイレ掃除で笑いものになっていた頃、「鍵山は毎日トイレを磨くことによって、実は心を磨いている」と言ってくれた人がいた。日本の経営コンサルタントの草分け的存在である浅野喜起氏だ。氏はこう言った。

 経営がうまくいかない店には共通点がある。今すぐできることをやっていない。簡単なことをやっていない。それが度重なってどうしようもなくなっている。しかもどのような店になっても、今すぐできることがある。毎日掃除をする。平凡なことが非凡になる。

 釈尊(しゃくそん)の高弟・周梨槃特(しゅりはんどく)のように、愚か者と見られていたが、釈尊の教えを守ってひたすら掃除をし、深い悟りに達した教えもあるのではないか。[鍵山、p77]

当たり前のことを当たり前でないレベルでやる事を、鍵山氏は「凡事徹底」と呼び、こう説明する。

 そもそも、仕事とは単純で単調なものです。傍目(はため)には派手に見える仕事でも、その本質は地味な努力の積み重ねにあって、突き詰めれば、たいていの仕事は退屈なものでしょう。ところが、短期間で儲かりそうな「非凡」を求めるがゆえ、凡事がおろそかになって、結果として何も得ることがない。世の中には、そういう失敗が多いのではないでしょうか。

変哲のない凡事も、徹底すればやがて非凡になるのです。[p92]

 イエローハットは連結で732店、社員数3500人、売り上げ1400億円もの大企業に成長したが、それもこの「凡事徹底」で社員の心が磨かれた副産物だろう。

■6.「真のサービスとは人格を磨くこと」

 鍵山氏は「真のサービスとは人格を磨くこと」とも言う。社員の心を磨くことで、顧客の心に響くサービスができる。こんな事例があった。

 鹿児島市は、風向きの関係で夏に桜島の火山灰がたくさん降ります。この鹿児島市内のお客様を訪問したとき、あまりにも灰がひどかったので、うちの社員がお客様のお店の入口に車を止めました。

 私が「駄目だ」と言いましたら、「いや、でも今日は空いているからいいじゃないですか」と言う。「空いていても駄目だ」と言って、一度止めた車をずっと隅に移動して、くるっともう一回出直して、車の頭をお店のほうに向けて止めさせました。とても大きな駐車場だったので、駐車場の隅からお店まで行く間に、服が火山灰で真っ白になりました。

 でも、そうして行ったとき、向こうの社長が「さっき、車を移動しましたね、どうしてですか」とおっしゃいました。私は「やあ、それはお客様が来たときに一番止めやすいところを空けておかないと申し訳ないので移動しました。車の後ろを店のほうに向けるような止め方は申し訳ないので、頭を向けました」と返答しました。

すると、何とたったそれだけのことで、今までよそから買っていた商品をみなうちから買ってくださるようになったのです。[p34]

 美しい心が、いかに人の心を打つかの事例である。「向こうの社長」も、鍵山氏のような会社との取引を通じて、自社の従業員も心を磨いてくれたら、と望んだのだろう。

 現代心理学では、人間の利他心も他者に伝播するとしている[ゴールドマン]。社員が美しい心を持ては、家族、地域、顧客、協力企業と、広く伝播していく。それは国家を良くするための正攻法なのだ。

■7.「美しい日本」を作る道

「一生懸命やっている姿は、みんな美しい」とも、鍵山氏は言う。2時間もトイレ掃除に集中して、「みんな『私(僕)はやったぞー!』という顔をしており、かがやいていた」という子供たちの姿は、想像するだに美しい。

 この感性はどこから来るのか。進化人類学の説くところでは、爪も牙もない人間は共同体の中で互いに助け合いながら、生き抜いてきた。その共同体を築くために利他心が本能として発達した、と説く。とすれば、一生懸命、他者のために尽くしている姿を美しい、と感ずるのも、利他心の本能からだろう。

 掃除は、心を美しく磨く。そして、他者はその姿を美しいと感じ、美しい心が周囲に伝播して、日本を美しくしていく。一人一人が「大きな努力で、小さな成果」を目指して心を磨いたら、結果的には「美しい日本」という「はるかに大きな成果」につながっていくのである。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(480) 心を磨くトイレ掃除
 問題校の建て直し、暴走族の厚生、地域の犯罪 防止にトイレ掃除が大きな成果を上げている。
【リンク工事中】

伊勢雅臣『比較 中学歴史教科書-国際派日本人を育てる』、勉誠出版、H30
アマゾン「中学生の社会」1位、「教科教育 > 社会」1位、「日本史」11位、総合252位(H30/11/10調べ)

■参考■

(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
 
・鍵山秀三郎『大きな努力で小さな成果を――平凡なことを非凡に努める「凡事徹底」の生き方』★★★★、扶桑社、R02

・鍵山秀三郎『掃除道』★★★、PHP研究所、H17

・ダニエル・ゴールドマン『SQ 生き方の知能指数』★★、日本経済新聞社、H29

・松下幸之助.com

■おたより

■毎日20時にベランダから医療従事者に拍手を送るパリ市民(パリ在住の愛さん)

 今日のお話は、心を美しくしていなければいけない、この都市封鎖が予想される時期だからこそ、今、目の前の事に心を集中して、良い行動を取らなければならないんだよと、いってくださるような気がしました。

 フランスでは、市民の外出規制協力もあるのですが、一日また一日と亡くなる方が増えています。3週間前のことを後悔しながら、過ごしているフランス人もいると聞きました。。。

 普段かなり相互援助という概念から遠い民族かと思っていましたが、毎日20時にベランダから医療従事者に拍手を送るという行いは、自宅にこもっている私たちにも元気を与えてくれています。

 いつかこの局面を乗り切ったら、みんなと笑顔で挨拶するようになりたいなと思います。遠くのベランダの灯りも見えるからです。

 日本の感染が増えていくのはとても辛く、、、コロナの話題ばかりだ、と、お花見やイベントに誘われたら出かけてしまう人もいる中で、今回のお話は、一つ一つの行動が、その時はすぐにわからなくても、自分に帰ってきて、大きな喜びをみんなに与えてくれるんだよ、というふうに感じました。

 伊勢さんも、ご家族の方も、お読みの方も、みんな幸せに乗り切れますようにと願っています。


■伊勢雅臣より

 ありがとうございます。こういう事態になると、共同体の大切さが実感できますね。


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