成功か成長か ~Which to pursue~
モヤモヤしてたのはブレブレだったから
ここ最近は週末も仕事のことを思い出してモヤモヤ、全然リラックスできない。
留学から帰国後の2.5年間は、そこまでストレスを感じたこと無かったので、個人的にも戸惑いを隠せない。
何がそこまでストレスになっているのか。
思い通りに進まない仕事、なかなか得られない理解、次から次に表れては立ちはだかるタスク、そんなものと言ってしまえばそれまでのこと。
これまでにもそんな状況の中で仕事を進めてきた経験はある。
年齢や時代が違うとはいえ、その時と今とで何が違うのか?
色々と考えてみたが、バックボーンになっている考えが異なると感じた。
少し古いが、2017年に本田圭祐が「成功に囚われるな!成長に囚われろ!」とツイートして話題になった。
個人的にも留学から帰国した直後でインパクトがあった。
少し遅れた2020年の現在、この言葉が胸に刺さっている。
自分自身のこのストレスというかモヤモヤは軸がブレていたからだと気付いた。
「成功」は他人の土俵 「成長」は自分の土俵
日本企業において「成功」という言葉はどこか甘美にも聞こえる。
出世、評価、昇格などをイメージさせる言葉であり、多くの「サラリーマン」がこの「成功」を手に掴もうと日々過ごしている。
ただ、成功は自分自身の物差しで図ることは難しい代物で「他人の土俵」のうえで判別されるという性質がある。
このことを理解・自覚していないと非常に厄介。
いつしか、自分ではない誰かの価値観のうえで盲目的に踊らされることになるし、そういった人もこれまでたくさん見てきた。
一方、「成長」はどうだろうか?
「成長」は、自分自身の物差しで測ることができる。もちろん、他人の物差しで「成長」を図ることも可能ではあるが。
「成長」の一番のポイントは、自分自身の物差しで測ることができるため、自己肯定感を持ちやすいことではないだろうか。
昨日は知らなかったことを今日は理解している、先週できなかったことが今週はできるようになっている、たとえそれがどれだけしょーもないことでも、それは成長。
確実に前を進みレベルアップしている、その事実があるだけで人は自分を客観視できるし、レベルアップを積重ねるモチベーションにもなる。
それが積み重なってとんでもないところまでいったのが本田圭祐やイチローなんだと思う。
他の誰でもない自分の土俵で、自己を「成長」させ続けることが「成功」を追い求めるよりも結果的に遠く高くいけるのではないだろうか。
「成長」を求めて
良くも悪くも「成功」への道筋に沿って行動することが求められる、即ち他人の土俵で独り相撲を強いられることが多いのが大企業。
(無論、客観性を担保する観点から、客観的な指標という土俵で議論をする必要性があるのは理解している)
効率的に仕事を進めていくためには「成功」への道筋を無視することはできないが、ストレスが貯まったり自分自身が「ブレ」に直面して苦しんでいる時には、改めて「成長」を軸にした言動をしていこうと思う。
昨日よりも「わからない」「知らない」ことを1つでも減らし、今日できなかったことが明日できるように、取組んでいきたい。
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