見出し画像

枯葉みたいに

11月20日

曇り。

昼前にフラリと出かけた近所の大きな公園に人影はほぼなく
静かに散っていく木の葉たちを見上げ、無数に積み重なった枯葉を踏んで歩く。

枯れた葉っぱの色合い、形、手触り
一度しがみつくことから解放されたそのあっけらかんとした表情は
クシャッと笑っているようでもあり、水分の抜けたその軽さとは裏腹に
生命の凄みと重みをズシリと感じさせる。で、こちとら今日も生きてる。

ライブが続いていた週末が今日はぽっかり空き日でひと段落、
午後からポツポツと降り始めた雨の音も手伝って、妙に静けさが冷たく漂う一日。

10月頭に始まったツアー「Funk-a-lismo! vol.13」も
千葉→高松→神戸→福岡→岡山→大津→宇都宮→長野→小田原
9本を終え、前半戦を終えたといったところ。


その間にピーズとのツーマンや、アコースティックライブ、
西千葉&福岡でのソロライブに、”ベースの日” ウエノコウジさんとのトークと
イベント系もいくつか経て、いつの間にかすっかり秋も深まった頃合い。
その都度、学びも多く。

毎度同じ機材を使って同じように弾いていても
まるで同じにならないのは強みか弱みか。
環境の違いや感情の揺れ動き、曲順や流れの変化のなかで
四人の鳴らす音、その重なり合って生まれる色彩はおもしろいほどにその場その時限り。
だからこその興奮と、過ぎてしまうことの儚さもあり。

ライブの一本一本が、ヒラヒラと舞い落ちる枯葉みたいに
ある確かな期間を全力で生き抜いた力強さと、
どこに落ちるかも定まらないアヤフヤさ
その両面が愛おしくもあり
地面に落ちてしまえばもうそれがどの枯葉だったのかもわからないくらい不確か
そんなフタシカサに取り憑かれてる、フタシカサだけがタシカ。
安全なところに、置きにいく、というのができない。
行き先を、わかりたくない。
わかってしまうと、一気に熱が冷めるのだ。わからないまま、手探りがいい。

過日。
リハ後に高円寺の”えほんやるすばんばんするかいしゃ”にて開催されていた
きくちちきさんの原画展へ。


さらさらと筆を紙上でひと踊りさせて
想像力の赴くままにささっと描いちゃいました、
みたいな躍動感あふれる原画をひとしきり堪能してから、
一冊本を購入し、お店の方と少しだけお話し。

「あれは和紙みたいな紙に描いてあるんですか?」
「そうですね、とにかく大量に描くから紙もまとめて大量に買ってるそうです」
「即興みたいな感じで描いていくんですかね?」
「本人が言うには、マグレに期待する、らしくて
   ひたすら描きまくってダメだったものはどんどん捨てていくらしいです」

と、そんな感じのことを話していて
とにかく描きまくって、ダメだったものは捨てていく
という、たったそれだけのこと、そのスタンスにどこか励まされるところもあり。

ダメでもいいから、描きたいと思ったものをひたすら描いてみる。

額装された一枚の作品の足元には
無数の枯葉の山、それはそれで色とりどりでキレイだな。
枯葉を集めて焼けばホクホクの焼き芋だ。あとは酒だ酒だ。


「描き始めれば早いみたいですけど、そこに至るまでが長いんでしょうね」

深まっていく秋に、創作と捜索の熱は高まり
次なるライブは来週末の秋田&仙台東北シリーズ。
東北はもう冬の入り口か。

ここのところ家にいる時は、
12/4新松戸独演&展示会に向けての絵描き。

とにかく描いて描いて、弾っ描いて
もうそうするしかない。そこから生まれるものがある、はず。


そして、近日中に2022年ラストの独演会のお知らせを。

楽しいことは二重に、と鳴らし続けた2022年の締めくくりは
12月の22日
そういえば今年まだ独演会はやってなかった、東京にて。

詳細まとめ中です。

鳴らしたいと思ったが吉日。弾け弾け。
自分の指先から散らした低音の山に合掌。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?