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混乱のラプンツェル【掌編小説】

 そのお姫様は堅固な城の、石造りの塔の上の小部屋にいた。窓に掛けられた長いはしごを上ると、彼女はその牢の部屋で、迷彩のオーバーオールを着て作業に没頭していた。
 美しいはずの長い髪は無造作にくくられ、白く細いはずの指には機械油がこびりついている。お姫様らしいピンク色のドレスは椅子の背にかけっぱなしで、金のティアラのほうはテーブルに、それも食べかけのトーストや開いたままの雑誌になかば埋もれて置いてある。
「囚われのお姫様」は、自作のトラップの動作を入念にチェックしていた。彼女を救い出す予定の王子様はまだ到着していないようだった。
「簡単にたどり着かせるわけにはいかないわ」
 額の汗をぬぐいながら彼女はそう説明した。
「困難を乗り越えて、乗り越えに乗り越えて、それでも諦めずに来てくれるんでなきゃ、あたしは助け出されたくないんだもん」
 城の入り口からのルートには、これでもかとばかりに彼女手製のトラップと障害物が散りばめられ敷き詰められて、とても歩けたものではない。だから彼女ははしごを使って窓から出入りする。
「そろそろ来るんじゃないかしら」
 彼女は望遠鏡で窓の外を確認する。
「まだなのね。もう少し爆弾を設置する時間があるかしら。完璧に撃退してやるわ。それで、完璧に救出されてやるのよ」
 彼女が自ら国交を断絶してしまったその王子様が、今さら塔を攻略してまで彼女を救いに来ようとは思えないが、私はただ、お幸せに、とだけ言っておくことにした。
 彼女にはこのまま塔にたてこもっていてもらうほうが良さそうに思われた。
 王子様の安全と平和のために。

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