博士課程一年生のイギリス研究留学生活について
cvpaper.challengeのアドベントカレンダー7日目の担当を仰せつかりました,東京大学 佐藤洋一研究室 博士一年の舘野将寿と申します.昨年に引き続き執筆の機会をいただき光栄に存じます.
昨年は産総研RAとして筑波に住んでいましたが,今年は9月からイギリスのBristolという場所に研究留学で長期滞在しております.ここではBristol大学のDima Damen教授の基で動画認識に関する研究を行っています.当研究室は特に一人称視点映像認識に焦点を当てた研究が盛んに行われています.Dima教授の代表作とも言えるのが2018年に発表したEPIC-KITCHENSデータセットです.当時においては大規模な一人称映像データにアノテーションを付与して公開したもので,一人称映像理解のベンチマークとして非常に多くの研究に使用されています.
はじめに
本記事では,
なぜ留学にいくのか?
留学までの流れ
イギリスでの研究環境
留学後の展望
についてお話させていただこうと思います.今後研究留学などを考えている方などに少しでも参考になれば嬉しいです.最後におまけもあります.
なぜ留学にいくのか? 日本じゃだめなの?
修士や博士の日本人学生で,海外志向でない(留学に行ける予算があってもそんなに行く気がない)人が半数くらいいることに最近気がつき驚きました.
そこでそもそも自分はなぜ留学に行こうと思ったのか?を顧みてみました.(研究留学という意味では,もちろん海外の優秀な研究者からの刺激を受けるなどありますが,もっと広い意味でなぜ海外に行きたいのか?)
正直に言えば最初の動機はなんとなくの海外への憧れです.
海外にはビッグテック会社がいっぱいあって,みんな優秀な人はそこを目指してどんどん海外留学に行っている.自分も海外に行けたらすごい人になれるんじゃないか(順番が逆な気もしますが),といった空想でした.
いま,留学に来て三ヶ月たった時点で思う,留学に行くことの現実的なメリットは,
いまの自分の思考・悩み・アイデンティティなどが,いかに狭い特殊な環境(今いる研究室や日本という国)に条件付けられたものであるかを知ることで,自分が追求したいことに対する偏った考え方を矯正したり解像度を上げることができ,より直接的で貪欲なアプローチが取れるようになる
ことです.あとは英語の上達でしょうか.これらは確実に異国の地に来なければ得ることが難しい,頭で知識として得る以上の,生活レベルでの体験により習得されるものだと感じます.研究も人生も自分の思ったとおりにコントロールできる方が楽しいと思いますから,僕はこのメリットにとても価値を感じています.
留学までの流れ
研究留学に行くのに必要な条件は以下の2つだけだと思います.
(i) 留学に行くお金がある
(ii) 訪問先の先生に許可を得られている
自分の場合はありがたいことに,どちらも指導教員のお力で実現した形になります.すなわち,(i)先生の予算でご支援いただき,(ii) よくお知り合いの先生に話を通していただて,博士一年生のタイミングで,一年間の研究留学という貴重な機会をいただけました.
ただ,その前から(修士のときから)やれることはやろうとしていました.お金に関しては海外留学用の奨学金を探したり,海外留学の意志を指導教員に伝えておいたりしました.研究に関しては訪問先に受け入れてもらえるために,まず自分の研究をきちんと確立するところからはじめました.修士二年生の終わりごろ,やっと最初の研究プロジェクトがまとまろうとしている時ぐらいに,留学を支援いただける予算の話があり一番に手をあげました.
できることをやりながら常にアンテナをはっておくことで,チャンスを逃さないというのが大事だと思います.(というかそれしかできない...)
ほかにもよくあるパターンは,
(i) お金
学振やそれに類する奨学金や研究費を留学費に充てる
訪問先の先生が出してくれる
海外インターンシップで給与をもらいながら研究
そもそもおかねもち?
(ii) 訪問先の先生からの許可
訪問したい旨のメールを送る
国際学会などで訪問したい旨を直接伝える
といったところでしょうか.
イギリスでの研究環境
イギリスBristol大学の研究室は,大学のメインの建物からから少し離れたところにあるCathedral Square 1というオフィスの中にあります.別の階には企業も入っていて,中は普通のオフィスです.同じフロアには基本的にコンピュータビジョン系の研究室がたち並んでいます.中央には広いキッチンスペースがあり,お昼はみんなここに集まって,研究室の隔てなく会話しながらランチを食べます.とにかくいろんな人と会話・議論する機会が多いのは日本での研究室生活と大きく違う部分で,いい経験になります.
デスクには二台のフルHDモニターがあり,十分な作業環境です.計算機はというと,Bristol大学の所有するスパコンや,イギリス版ABCIみたいなのがあるらしいのですが,結構混み合っていたり使えなかったりするようで,私は日本の研究室の計算機を使っています.
研究の進め方
基本的にDima教授と30分〜1時間の1on1を毎週重ねていきながら,テーマを決め,方向性を探り,よい成果が出そうであれば次の国際会議に論文出そうか,流れになります.論文提出・〆切ありきで動いている感じではないため(ビジターとの研究は特に),進捗を急かされるということは全くありません.Dima教授は論文を出すためだけの短期的なExploitation(活用)を嫌い,より時間がかかったとしてもExploration(探索)的なインパクトのある研究を重要視しています(参考:ECCVでのトーク).私は最初のDima教授とのミーティングで次のように言われました.
ラボに所属しているビジターではないPhD学生は,自分の主著プロジェクト×1+共著プロジェクト×1or2を抱えています.共著への人のアサインはDima教授が行っているようです.主著は自ら方向性を考えて進めていくのに対し,共著はすでに方向性が決まっているものに対して手を動かす要員といったイメージです.
ラボ全体では月曜にStart-of-the-weekミーティング(全員が先週やったこと&今週やることを簡単に説明),木曜にペーパーシェアリングが現地開催される形で,それ以外はラボに来ても来なくてもよいハイブリッド形式です.
ライフワークバランスに関しては人それぞれですが,アジア人は遅くまで残っていることが多く,それ以外はそもそも来ないか比較的早めに帰る(17時くらい?)ことが多いイメージです.特に冬のイギリスは16時には真っ暗になるので,帰ろうかという気分にはなります.あんまりせかせかしている雰囲気はありません.
なぜ成果はきちんと出してるのにせかせかしていないのか?
これは本当に摩訶不思議なのですが,以下の点が影響していると推察しています.
Dima研にはPhD生&ポスドクのみが所属しており,修士学生はいません.みんなそれぞれが自分のテーマをやりつつ,研究室総動員で大きなプロジェクトを行っていたりもします.PhD以上しかいないため,知識・技術・意識のスタンダードが高く,また議論も活発に行われるので効率的な質の高いアウトプットが可能になっています.
他研究室とのコラボレーションが多いです.例えばDima研は動画認識に強いので,3Dに強い別の研究室とコラボするだけで,動画×3Dの面白い論文が出来上がります.
Dima教授からの頻繁かつ直接的なフィードバックにより,何をやってるのかよくわからないまま時間がすぎることを防止しています.
タメになるDima先生の教え
こういうふうに考えてやると研究はうまく行くのだ,と直接教えられることはないのですが,1on1やペーパーシェアリングなどの場でのDima先生の発言・行動から多くを学べます.そのうち特に強く感じるものを自分なりにまとめてみました.どれも当たり前のことですが,常に実行できるようになるには,日頃からの意識・訓練が必要です.
わからないまま進めるな: ミーティングやペーパーシェアリングでは,自分または相手が理解していないまま進んでしまったらその時間を取ってる意味がなくなってしまいます.話し手や聞き手がきちんと理解できてない場合にはその瞬間に中断して,わかるまで説明や議論を行います.遮ることは恥ずかしいことではありません.
小さく簡単に始めよ: 問題が難しくて解けないorそもそも問題を考えるのが難しい場合は,ただ時間をかけて頑張るのではなく,制約を追加するなどしてより狭い簡単な問題から始めます.その後段々と制約を外して問題を難しくしていけば良いのです.解けない場合は問題が設定不良である場合もあるので,丁寧に問題設定を見直す必要があります.
未来を明確に描け: 研究テーマを考える時などは特にそうですが,この技術の先にどんな未来があるのかを明確に想像できていると,迷子にならずにすみます.むしろ未来から逆算して,何をしなければいけないか明確にわかっていれば,良い問題を設定し取り組むことができます.
東大 v.s. Bristol大 PhD比較
東大とBristol大のPhDのあれこれを比較してみました.両者とも全てを知っているわけではないことをご承知おきください.
年齢層: 東大は修士課程修了後,そのまま博士課程に進む人が多いため,年齢も24-28歳くらいの人が多いイメージですが,Bristol大には一度社会人経験をしてから入ってくる人も多いです.そのためか,一度同じアパートに住んでいるインド人に「24歳でPhDをやっているのか,お前は天才か」と言われポカンとしていましたが,世界的にはこれが普通ではないことを知りました.
人種: 東大は当然日本人が圧倒的に多いですが(中国人も),Bristol大はイギリス人が多い,というわけではありません.中国人・インド人がたくさんいます.インド人の多さには驚きました.そういえばなぜ東大に全然インド人がいないのか初めて疑問に思いました.インド人は小さい頃から英語で教育されてるので,わざわざ日本じゃなくて言語が通じるイギリスに行くのは納得できますね.それ以外にもヨーロッパ,アフリカ,アラブの方からの人もいて,多様性が高いです.
お金事情: 東大は研究室によりけりですが,Bristol大では多くの場合研究室からPhD学生に給料が出ます.Bristolで暮らすには充分なお金がもらえるようです.したがって,学振みたいな奨学金のために申請書を書いて,採択だ不採択だとワイワイキャアキャアする文化もないようです.
企業インターン: Bristol大学では,お金もらってPhDをやりにきているからか,企業のインターンに行くという人もあまり見聞きしません.(今の時期がそういう時期ではないだけかもしれません.)ただ,教授からの紹介でインターンに行く機会もあるにはあるようです.
博士卒業後の進路希望: これは東大の人もBristol大の人も,「わからん」「決まってない」という人が多いです.とはいえアカデミア志望はそんなに多くなさそうです.
英語: 当たり前ですがBristol大では普段のやり取りは全部英語なので,英会話能力は平均的に高いです.読み書き能力に関しては東大の人も負けず劣らず.あくまで平均の話です.これは単純に環境に依存していると強く感じます.英語で話さざるを得ない場所に行けば必ず上達します.読み書きとある程度のリスニング能力があれば,あとは現地にいってたくさん人と交流して一生懸命喋るだけです.ちなみに同時期に中国からBristol大に来た女の子が「私はIELTSのリスニングで8点(満点が9点)あるのに,こっちの人の言っていることが全然わからない(泣)」と嘆いてとても落ち込んでいました.英語テストで必要とされる方向とは別のベクトルのリスニング力(&コンテキストの理解)が現地では必要な気がします.
留学後の展望
一年間の留学生活を終えたあとの予定は全然決めていませんが,またどこか留学に行けたらいいなと考えています.自分の研究を進めれば進めるほど他の研究室に訪問してコラボする意味が出てきて楽しくなってくると思っています.今回のこの貴重な機会を最大限に活かし,インパクトのある研究を加速させ充実したPhD生活を送りたいです.
もし今回の記事に興味を持っていただき,もっと留学生活について知りたい!って思ってくださった方は,ぜひ私のnoteの別記事ものぞいてみてください.渡航・家探しの話など細かい話を投稿しています!
おまけ - イギリスの飯はまずいのか?
結論:美味くはないが,不味くない!
レストランからコンビニ飯まで,不味いと感じたことはないです.美味しいと感じたこともあまりないですが.なにかが足りてないなと思いながら,あまり考えないようにして食べています.
不味い,と言われる所以は,いろんな国の人がそれぞれ自国料理に対して高い基準のもと評価した結果そうなっているのではないかと思いました.例えば中国人がイギリスの中華料理屋に行けば,中国に比べればレベルは当然低いですから,彼らは「あれは不味い」といいます.でもそれをヨーロッパの人が食べる分にはまあ普通に美味しいという感じ.
最後にBristolで一番美味しいと言われているラーメン屋で食べたラーメンの写真です.日本で食べたどのラーメンにも,何かが届かない味がしました(£18 ≒ ¥3,500 🥲).1000円で美味しいラーメンが食べられる日本という国が遠い遠い場所にあることを再確認しました.