細かすぎる英文契約解説(第4回)〜Shallの誤用〜
はじめに
このような「細かすぎる」解説に興味をもっていただいた読者の方におかれては、英文契約では「Shall」が契約当事者の義務を表す助動詞であることはご承知かと思います。
一方で、以下のような条項も(特に日本人によって書かれた英文契約の多くに)みられるのではないでしょうか。
The payment shall be made within thirty days
(支払いは30日以内になされるものとする)
一見、違和感のない書き振りにもみえます。それは、我々日本人がshall≒「ものとする」と無意識に脳内変換しているからでしょう。しかし、それは誤りです。
この記事では、上記のような典型的な誤用のほか、いくつかのShallの使用にあたって間違いやすい点を解説しています。Shallはあらゆる英文契約書で最も使用頻度の高い単語の一つですので、是非本記事を参考にしてより明快なドラフティングに役立てていただければと幸いです。
なお、本記事は留学中に使用した以下の教科書を参考にしています。
Tina L. Stark, Drafting Contracts: How and Why Lawyers Do What They Do, Second Edition (Aspen Publishing 2014),p183-186.
そもそもShallとは
まず、なぜ英文契約で当事者の義務にはShallを使うのでしょうか。様々な論争がありますが、個人的に一番しっくりくると考えているのがOWEを語源とするこの言葉からくる「相手方に対する強い義務感」です。これは、個人的な単純な意思のニュアンスが強いWillとは異なります。
Shallは日常会話ではなかなか使わない言葉でもあり、それだけに、契約という強制力をもつ特別な法的関係で相手を義務付けるには最適なワードです。このような強力な言葉だからこそ、契約で最も大切な部分である「契約当事者の義務」を表す時のみ使い、むやみやたらに使う助動詞ではないと思っています。この語感を念頭に、以下具体的な誤用例を説明していきます。
なお全くの余談ですが、私が初めてShallという言葉を聞いたのは映画のロード・オブ・ザ・リングの第1部です。モリアの坑道でガンダルフがバルログに対して、"You Shall Not Pass!!"と言い放ち、身を挺して仲間を守ります。
Shallの前に契約当事者がなければ誤用
shallは当事者の義務にかかる助動詞という原則に立ち返れば、the paymentは権利義務の主体にはなりえません。従って、shallを使うのはおかしいということになります。
すなわち、正しくは権利義務の主体たりうる自然人または法人を主語にして、The Buyer shall pay within thirty days等と書かなければなりません。
受動態のShallもNG
一方で、「Shall」は、主語が権利義務の主体でない場合でも(文脈や意図に応じて使用できると整理して)使用されている実務家もいるかも知れません。
しかし、やはりそれは適切ではありません。
先ほどの例、「the payment shall be made within thirty days」という表現に戻ってみます。この文では、「Shall」は支払いが30日以内に行われるべきであることを明示していますが、支払いを行う主体は明確に示されていません。Shallを権利義務の主体以外に用いると、当然ながら誰が権利義務の主体になるのか不明瞭になりがちです。
それでは、the payment shall be made within thirty days by the Buyerと書けば良いのでしょうか。
確かに、このような書きぶりの条項はよくみます。
しかし、The Buyer shall pay within thirty daysと7語で書けるものあえて11語使って表現すべき理由はなく、紙面と読む時間が増えるだけです。
その他の誤用
一見、shallの前に当事者が記載されていて正しそうな記載でも、以下のような誤用がありうるので注意が必要です。
Mayとの混同
当事者の権利を表すのはMayであり、shall have the right to は不適切です。特にMayとshall have the right toが両方使われている契約書は、よほど厳密に両者を定義しない限り、それぞれが何を意味するのか混乱を招きます。
誤)The Seller shall have the right to terminate this Agreement if…
正)The Seller may terminate this Agreement
条件の中にあるShall
条件節の中にある動詞は権利義務が生じる前提に過ぎないので、当事者の義務そのものを表現するShallを記載するのは不適切です。したがって、一般動詞で記載すべきです。
誤)The Buyer shall pay $100 to a bank account that the Seller shall designate.
正)The Buyer shall pay $100 to a bank account that the Seller designates.
現実の実務では
現実には、上記のとおりに整理されていないShallの使用例も無数にあり、きちんと起草者によって使い分けがなわれていれば他の整理もありうるでしょう。私自身、大手事務所のドラフティングも含め、必ずしも本記事と一致しない使用例も多く見てきました。
ただ、漫然とShallを「義務っぽい」ワードに付けて書いてしまうと、せっかくのShallという強い義務感を表す助動詞が活かされないばかりか、思わぬ解釈の余地を生んでしまうこともあります。Shallの使用に気を使いすぎることはなく、英文契約で最も使用頻度の高いワードだからこそ慎重に整理すべきと強く信じています。
おわりに
以上、Shallの語感にはじまり、いくつかの誤用例を検討してきました。一つの誤用が致命的なミスになることは想定しにくいかもしれません。また、繰り返しになりますが、上記の整理が唯一の正解でもありません。ただ、起草者自身が明確に整理できていない用語を含む契約は、思わぬ方向に解釈される恐れがあります。今回の記事が普段見落とされがちなShallの細かい使い方について意識されるきっかけになれば幸いです。