海底①

俺は深海に潜む生物だ.俺は光を好まない.暗闇の中だけが俺の息の付ける場所だ.光は俺を殺す.そう思い立ってから,本当に無限の時間が立ってしまった.俺の身体はとうの昔に変態し,もう俺を知るものはこの世にはいない.でもそれで良かった.「誰にも知られていない」という事実は,俺を苦しみからほんの少し開放する.海底を這っていく,砂利を巻き上げて,遠く泡の感触がする.目を閉じてもそこに何かがあることに気付けるようになった.「光なんていらないじゃないか」.俺はもう二度と光を見ることはないだろう.闇に身を預けたほうが楽だからだ.海藻を口に少しほうばり,これだけで数ヶ月生き残ることができた.低燃費な身体は,この深海に非常に適応していた.俺はもう立派な深海の生物だった.生きること,生きていくこと,これを繰り返すことに喜びも感じなくなることができた.もう人間だったときの記憶なんて捨ててしまった.いらないからだ.あれは無駄に俺を苦しめる.指を刺してくるもの,利用してくるもの,嘘を付く者,裏切るもの.俺はすべてを信じていた,だからこそ全てに裏切られ,すべてを恨んだ.そしてこの海底へとたどり着いたのだ.

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悲しみの果てに何があるのだろう.泣きじゃくる僕は何故泣いているのかすらわからなかった.もう何回この悲しみに出会ったのだろう.嗚咽が続き,誰かに優しく抱きしめられたかった.「がんばったね」と囁いてくれること,これだけで救われる命があることを知っている.それが君だと思っていたのにな.小さな子は,母親と離れてしまうだけで泣いてしまう.僕はなにかと離れてしまったのだろうか.周りから見ると,僕の生き方はまともだった.真面目に生きてきた,人並みに笑って,怒って,泣いて,それなりに得てきたように思う.でも,得てきたものは耐えず流れていってしまった.この物語の終着点は恐らくとてもつまらないものだろう,と思いつくこともあった.中学生の頃の友人たちは,それぞれ僕と違う人生を歩んでおり恋愛の末,子をなし,大人としてこの地球に君臨する.僕はというと酒を飲み,記憶をなくし,今日路上にくたばっていた.もうまともではなかった.でもそれでいい.空が広いことに気づけた.次の日が休みだということを知ってのこの酔い方なのだから,誰にも文句はつけられまい.こういうところにその人の真面目さというものは出るものだ.僕はそのまま泣きじゃくっていた.何が悲しいのかもわからないまま,ただ虚しさだけを抱えていた.周りにも人がいないことをいいことに本当に泣きじゃくった.それで明日も生きられるのならそれで良いと思った.酔ったときでないと,人の視線は怖かった.

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