揺れる

おろそかにしていた色々なものに別れをつけて,冷蔵庫からカビの生えたベーコンを取り出しごみ袋にぶち込んだ.とても革命的だったと思う.ぱっと見はわからないので,そのベーコンは永遠の時間が保証されていたように錯覚してしまっていた.見えない裏側が見るも無惨な形に変化していた.そういうものなんだろう.

見えているものは事象の片面に過ぎなく,その裏側には自分が知らないだけで多くの時間が過ぎ去っている.しかし,それは本当に忘れがちだ.自分以外の誰かにも平等の時間が流れているということを,僕たちは認識しなければならず,同時にそれはとてもむずかしい.僕はもう片面を覗こうと,その紙の端のめくれをつまんでみるが急に我に返りもとに戻す.それを繰り返して繰り返して今日まで来てしまった.

月は美しい片面を常に見せていて,僕らはそれしか知らない.自分の見たものが全てではあるものの,そうではないということを理解していないといずれすれ違ってしまう.いや,すれ違うこと自体は仕方がない,それが人間関係ってやつで,その弱いつながりをどれだけ保てるかということが人間の営みなんだから.

より純度の高い夢は現実とそう変わらず存在していて,僕はいずれ夢と現実の境目がわからなくなりこの世界から足を離すことになるかもしれない.今生きているこの世界が現実だと何を根拠に言えるのかと考えてしまう.明日が来るという喜びはもう感じれないが,誰かが欲しかった明日が僕にはあるからという感謝はできない.そういうものだ.僕は僕なりの人生があり,そこで呼吸をして生きているだけ.誰でもない僕の人生なんだから,誰かの人生のことを考えることはできない.でも考えたいと思っている.だから詩を紡ぐ.

詩は嘘を書くことができる.僕は見たことのない景色を現実のように書き連ねる.そうしてその嘘は音楽の中で本当になる.僕はそれを丁寧に口にする.酒のように身体に染み込んでいき,僕の意識は途端に結び目を解かれてしまい意識の境界から滑り落ちてしまう.でもそれで良いんだと思う.この世界はろくでもなく狂ってしまっているんだから,酒を浴びてでもしないとやっていけないよ.詩は嘘を書くことができる.真実の嘘を書くことができる.僕は真実を口にする.

自分がここにいるということがはっきりしていたことがあって,存在について意識していた.あの頃僕は自分の身の境界の曖昧さに一喜一憂しており,同時にあの子が成長とともに境界が曖昧になっていくことにとてつもない悲しさを覚えた.成長とはよく言ったもので,個性と言い換えることもできるかもしれない.僕らは個性を世界に吐き出すことで境界を曖昧にし世界の一部になっていってしまったんだ.僕は世界に溶け切らないように,その境界をはっきりとさせるために,意識を保たなければならない.だから世界にはつばを吐いてきちんと境界を示さなければいけない.じゃないとすぐに境界は曖昧になってしまって僕は僕じゃなくなってしまう.

美しい風景を思い出し,それは実在しないものかもしれないがそれでよく,見えているものしか存在しない世界の,見えていない部分に思いを馳せ,ただ口癖のように伝えてみることにした.

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