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エリア:ソアにて

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長らく上昇した身体は、その温風が心地よくついうとうととしてしまう.雲海をとっくのとうに通り抜け、周りには好天気が広がる.かなり遠方まで見渡すことができた.太陽光線が空を青だけではなく赤や黄色,緑や紫などさまざまな色に色付けており,また星々までよく見える.この景色を僕はどこかで見たことがある気がするんだけど.それは過去の記憶なのか,それとも何かの絵画だったか,そこまでは思い出せないが.

視線の先に何か浮かぶ物を発見した.僕はその方向へ進むために身体を翻し,少しずつその物体に近づいていく.だんだんと近づくにつれてその物体がとてつもなく大きい島のような物だと分かる.僕はなんとか吹き上げる風を利用する形で使い、その島の端に捕まることに成功した.顔を上げると目の前には大きな橋が架かっており,その両端には二つの噴水が飛沫をあげており,天気のせいか虹がかかっている.

「島だ.」

そこは空に浮かぶ大きな島だった.こんな島がこの世界にあったとは.学校でもニュースでも聞いたことはない.こんなものが現実?もしかして夢なのか?いや,もし夢であっても,もう夢でいいかもしれない.今僕はとても身軽で心地よく,この身体一つだけが自分なのだからそれ以上に何か求めることってあるだろうか?

僕はとりあえずその島によじ登りあたりを見渡した.そこには自分達人間とほぼ同じに見える生き物が歩いており,一つ違うのは、彼(彼女)ら(そもそも性別の概念があるのかもわからないが)には羽が生えていた.

僕の生きてきた現実とほぼ同じなのだが,しかし少し違うこの島に対して,気持ち的に少し後ずさりしてしまっている.若干の異様さに身体が馴染めていない.すると後ろから声がした.

「君はここの人間ではないね.どこから来たの?」

僕は後ろを振り向くと,僕より一回りくらい背の高い男性(と思われる人)が羽を折り畳んだまま話しかけてきていた.その瞳に好奇心を備えて.

「あ,えっと,地上?からここまで大きな風に吹き上げられてたまたま浮島があったんで辿り着いた感じです.」

僕は(恐縮です)とばかりに腰を低くしながら答えた.今思えば挙動不審すぎだ.

「ここはどこなんですか?夢ですか?空に島があるなんて映画や小説の世界でしか見たことがないし,あなたは羽が生えているし,僕の知る世界にはこんな場所や生き物はいないんです.」

羽の生えた彼は,ふーむと顎に手を当てながら答える.

「夢かと言われれば夢なのかもしれない.がそれを決めるのは恐らく君だ.この世界を現実にするのもあわや夢として扱うのもね.ただし今君が僕やこの空に浮かぶ島を認識したということは事実だよ.そもそも君がいたっていう地上という場所が現実だって証明することはできる?そういうことだよ.僕はオニログラトゥラ.オニロって呼んでね,よろしく.」

オニロと名乗る彼は僕に手を差し出してきた.よく思うんだが,初めて出会った2人が手を差し出して名乗る状況って現実で見たことない.実際は名刺やらを渡して「あ,すみません.わたしこういうものでして……」とやるのだ.握手なんかもしない.僕はこの世界が現実ではないんじゃないかと強く思った.

「あ,よろしく.」

名乗ろうとしたそばから彼は僕の手を引き「案内するよ」とそこから連れ出した.

「ここはエリア:ソアとみんな呼んでいる.君は恐らくあの大きな上昇気流に乗ってここまで来たんだろう.君みたいにたまに外の世界から人が来るんだ.外の世界の生き物はとても珍しくてさ,僕もつい声をかけちゃったってわけ.ほら,みんな物珍しそうに君を見てるだろう?」

言われて周りを見渡すと,確かに僕は周りの人間たちの視線を集めていることに気付いた.この浮島では僕ははっきりと異邦人だった.急にアウェイ感で苦しくなってきたが,オニロはそんなことお構いなくずんずんと進んでいく.

オニロに着いて歩いて行くと,いつの間にかかなり細い道に入っていた.それでも彼はずんずんと進んでいく.僕は置いてかれないように小走りで急いだ.彼の歩く速度は全く落ちることがなかった.これが空のヒトなんだろうか...僕はもうスタミナが切れそうだ.すると急に視界がぱっとひらけ,大きく噴出する噴水を中心とした丸い円状の空間に出た.周りには高いビル?のようなものが立ち並び,そのビルは大きな扉?窓?がいくつもある.

「......ここは?」
「ここはエリア:ソアの中心地さ.みんな時間になるとここに集まって,聖歌隊と一緒に歌を歌うんだ.君はとても疲れてそうだったからここで一緒に歌を歌ったらどうかなって.」

オニロがそう話すやいなや,ヒトビトがぞろぞろとこの空間に集まってきた.そして扉が開き,たくさんの聖歌隊が歌い始めたのだった.

「この曲,地上でも聴いたことあるぞ.やはりここは地上と地続きなのかな.でもこんなに聴いたことあるのに名前は知らないな.」

よく考えたら,僕はこの生命を始めてから知ったものなんてたかが知れており,多くのものを知ったフリをして生きていた.きっとそれは僕だけじゃなくて,全ての人がそうなんだろうと思う.知らなくても生きていけるし,それで困ることはない.そうやって知らない間に無知は蓄積されて孤独になっていく.

多くの聖歌隊が力強く歌うその歌は何重にも合唱されており,その響きはこの空間全域に広がった.とても美しかった.合唱ってこんなに美しいものだったのか.音楽ってここまで心を軽くしてくれるものだったのか.名前の知らないその歌は確かに僕の記憶の中にあって,しかし同時に記憶には存在しなくて,そんな微妙なさじ加減で揺られていた.

合唱が終わり,町のヒトビトはみんな示しをつけたかのようにぞろぞろと元いた場所に戻っていく.オニロは僕の方を向いて振り返り,ニコッと笑った.

「今日は僕の家に泊まりなよ.遠慮することはないし,外に寝泊まりするなんてのも不安だろうから.」

僕は今日の寝床をどうするかなんて全く考えもしてなかったが,確かにどうしよう.

「......」

結局僕はオニロの家に泊まることになった.




オニロの家への帰り道,僕はさっき聴いた音楽を口ずさんでいた.そういえば地上にいたときは音楽なんて聞く暇もなかったな.電車に揺られ,人の視線を気にして,言動に一喜一憂して常にすり減っていた.それでも誰かのために生きたいななんて思ったりもして,でも結局僕は何もできなくて,それの繰り返しだった.完璧な人間なんてどこにもいないのに,欠点を治せと指を刺されて,少しずつ完璧になろうとして,その代わりに大事なものをどんどん捨てていた.欠けたところこそが僕である証拠だったのに.
僕は6畳の小さな部屋で手紙を書いていた.自分に宛てた手紙だった.この小さな部屋だけが僕の聖域で,そこで全てが作られた.
いつか君と生きたかった最果てで,でも君とは行けなくて手を離したんだった.
そうだ,だから僕は......




オニロの家について,中に案内されると,そこには一人の女性がいた.

「あ,いたんだね.こちら紹介するよ,妹のアフネ.」

アフネと呼ばれた女性は,こちらを振り向いてほほえみながら答えた.
「こんにちは,話は聞いているわ,地上のニンゲンさん.」


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