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水源①




「君の言葉は,祈りみたいで美しいな.」




四角く白い病室で,僕は風に揺れるカーテンを見ていた.空は澄んでいたが肌寒く,歩く人々は,皆縮こまって足早に歩いている.僕はというと,ここで,千羽鶴を送ってきた頭の悪い連中に悪態を付きながら,自分が買ってきた花に水を上げている.ここは僕の部屋ではない.この部屋には僕以外に君という生命が存在していて,互いに全く別々の鼓動を鳴らしている.君はいつもにこにこ笑っているからのんきなものだな.こっちはいつもびくびくしているのに.


・・・・・・


「きっと,あなたより私のほうが先に死んでしまうと思う.」
「は?」
ほんとにいつも急だな,君は.道沿いにたまたま見つけたカフェでブラックコーヒーを飲んでいる僕に,突拍子もなく話し始めた.いつものことだ.
「実は私は不治の病に侵されているの.あと何年かはわからないけれど,きっとあなたよりも先に死ぬわ.」
「嘘だろ?」
「うん,嘘.」
僕は小さくため息をついて,コーヒーに口をつけた.いつもより苦く感じたのは気のせいだろう.
「面白くない冗談だし,それは誰も幸せにならない嘘だよ.」
「でもドキッとしたでしょ?」
「したけど,愉快ではないな.」
「私はあなたが困った顔を見れて愉快.」
なんてお姫様だ.先が思いやられる.
窓ガラスの向こう側では,仲の良い子供連れが買い物袋を盛ってニコニコ笑いながら,その帰路についていた.子供は自分の身体より大きい箱を持ってスキップしたり振り向いて手をこまねいたりしている.きっと欲しかったものを買ってもらったのだろう.誕生日だったりするのかな.
「僕らもそろそろ歩こうか.」
「私まだパフェ食べたいのに.」
「さっきパスタとアイス食べたでしょ.ほら,もう行くよ.」
「えー」
いつもこんな感じだ.でもこの掛け合いが心地よかったりもするのだが.それも君にはバレているような気がして,少し癪に障る.

どこかで誰かが笑っていて,その影で誰かが苦しんでいる.それがこの社会の成り立ちだと知るのは遅くはなかった.僕は知らない間に笑うことに消極的になっており,傷つくことに鈍感になってしまった.心の摩耗は一層激しくなり,幸せそうに笑っている人を横目に僕は泥のような足跡を地球に付けていくだけだった.(時間の流れだけが僕と他人との共通点だった.).
そんな時に君に会ったんだっけ.もうとても昔のことに感じるね.

「まさかあの時の嘘が本当になるとはな.」

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