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【感想】『明日、世界がこのままだったら』を読んで、「極限状態での優しさ」が心にしみました。

本記事は「note×集英社文芸」の合同企画「#読書の秋2021」の課題図書『明日、世界がこのままだったら』(行成薫【著】)の読書感想文です。過去に趣味で撮影した写真を交えて読書感想文を書いてみました。本企画の詳細は下記に記載されています。

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「人生は無限の可能性に満ちている。けど、時間は有限である。」ということを頭の中ではわかっているつもりでも、ついつい「時間は無限にある。」と錯覚してしまう。「挑戦」や「実行」という言葉を聞くことは多いけど、実際に「挑戦」や「実行」を自分事として捉えて行動に移すことはそんなに多くはなかった。きっと、頭のどこかで「時間は無限にある」と錯覚しているので、「とりあえず今は敷かれたレールの上を走っておこう」と判断しているのだと思う。そんな私に本書は主人公たちの極限状態での葛藤を通して「時間は有限である」と改めて認識させてくれた。

本書はサチ(久遠幸)とワタル(伊達恒)という二人の主人公の状況変化を交互に疑似体験できるように緻密に構成されている。物語はサチの家とワタルの家が合体した奇妙な状況から始まる。物語の中で、サチとワタルがこの奇妙な状況に混乱するが、同じように読者である私も混乱した。そのため、主人公達が手探りで状況を把握する過程を一緒に楽しむことができた。<狭間の世界>という生と死の間の世界を主軸にして、『<狭間の世界>→ワタルに関連する話題→<狭間の世界>→サチに関連する話題→<狭間の世界>、、、』という順序でテンポよく物語が進んでいくため、読み進めるにしたがって状況の理解が深まるとともに主人公達への愛着も増していった。

さらに、家族や同僚たちなどの周囲の人々の視点からサチやワタルについて語られていくのがとてもおもしろかった。現実世界ではサチとワタルとの直接的な接点はなかなか見つからないけど、間接的には繋がっているという「人の縁」のような不思議な繋がりを感じることができた。他人は自分と違う人生を歩んでいることは明らかだけど、お互いに自分の日常が当たり前だと思ってしまうので、他人の人生については想像することが難しい。だからこそ、本書のように他人の視点から主人公達が語られていく様子はとても興味深く感じるとともに、物語に一層の深みを与えていると思った。

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主人公であるサチとワタルは常識的で物分かりが良い性格であると感じた。他人を思いやる心を持った二人だからこそ、家族が敷いたレールから外れる決断をしづらかったのだと思った。物語の前半ではサチが「同じような生活が繰り返される毎日」に漠然とした不安を語る場面が印象的であった。サチの親としては娘を愛するが故に親として全力で娘が幸せになると信じた環境を築き上げているので、親が悪いとは思えなかった。他人から見ると満たされている生活に見えるからこそ、現実世界でサチは閉塞感をより強く感じるのだと思った。このあたりは、子育ての難しさであり、親の立場で考えるとなかなか厄介な問題である。一方、スタイリストのワタルにも家族のしがらみによる閉塞感が漂っていた。北海道から単身で上京して、自分の才能一筋で地位を確立してきたワタルの「自分の人生を自分自身でコントロールできない辛さと悔しさ」を考えると、胸がつまる思いであった。サチとワタルの人生における”家族”の影響をしみじみと感じた。

〈狭間の世界〉では、主人公であるサチとワタルの二人以外は誰もいない。皮肉なことであるが、生と死の狭間の世界において初めて二人は自分でレールを敷いて決断していかなければならない状況下に置かれた。自分自身の心に素直に向き合うまでの過程が丁寧に書かれていたので、二人の成長を温かく見守ることができた。とくにサチが成長していく様子は頼もしさを感じることができた。「魂の救済」ともいえるが「人間性の剥奪」ともいえる〈狭間の世界〉では、一人ではなく二人でいるからこそお互いに”人間”として生活していくことができる。このことから、人間が生活する上で他者の存在の重要性に改めて気づくことができ、他者と交流することで「自己」を見失わずに済むのだと思った。

美人管理人サカキが「人の運命は魂の総量の調整」というバタフライ効果を連想させるように説明をするところには一種のユーモアを感じた。さらに、サチが食べたい料理を「カロリー高い! 味濃い! 量多い!」と表現するなど、本書のユーモアに溢れた表現に心が和んだ。また、物語の後半でスタイリストのワタルがサチの髪の毛をバッサリと切った新しいヘアスタイルはどんな仕上がりになったのか気になるところである。素敵なショートカットに思いを巡らした。

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物語が終わりに近づく頃には、私はサチとワタルのことがとても好きになっていた。だからこそ、サチとワタルに極限の選択が迫られる場面は胸が張り裂ける思いであった。ゲーム理論の「囚人のジレンマ」や倫理学の「トロッコ問題」を彷彿とさせた。詳細は言及しないが、サチとワタルの「極限状態での優しさ」が心にしみた。〈狭間の世界〉の「無限な時間」が「有限な時間」に変わってしまうところは、現実世界が「有限な時間」であることを思い出させた。二人の選択は「生きること」に対して真摯に向き合っていこうという気持ちにさせてくれた。

『明日、世界がこのままだったら』の次の言葉は何がいいだろうか、と自分なりに色々と考えてみた。私は、「とても幸せなのに」という言葉を続けたいと思う。『明日、世界がこのままだったら、とても幸せなのに』という叶わない願いの言葉を入れてみた。優しい性格のサチとワタルだからこそ、最後は自分の欲望に正直になっても良いのではないかと思い至った。

最後に、「極限状態での優しさ」に触れる機会を頂いた著者の行成薫先生に感謝するとともに、本書を生み出して頂いた編集者の方々に感謝致します。素敵な読書体験をありがとうございました。

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#明日世界がこのままだったら #読書の秋2021 #行成薫

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