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茶屋辻紋様

この週末、「きもの展」に行かれた方も多かったのではないでしょうか?
私は28日に行きましたが 大好物の「帷子」にくぎ付け。
現在の上布よりさらに細い細い透き通るような布に
繊細な染と刺繍が施され
その技術の高さに驚かされます。
当時の職人の技は 
時間とお金に糸目をつけない大名のものであり
庶民とは別の次元で培われていた事を思い知らされました。

天保銭の穴に1反を通すことが出来たという、昔の上布。
その白生地に「茶屋辻」と呼ばれる文様が染や刺繍、絞りまで駆使して
施されています

格調高い 茶屋辻模様ですが
柄の中に 茶屋が描いてあるから、と思ってる方がいらっしゃるようです。

元々、「辻」とは「帷子」(麻単の着物)のことであり、
茶屋辻とは「茶屋の帷子」になります。
「茶屋」とは「茶屋染」という江戸初期に発明された模様染技法の一種。
茶屋は、古く紅屋(べにや)・紺屋(こうや)が
それぞれ紅・藍(あい)を染めたように、
主として黒系統の染色を専業とする染屋さんの総称でもあります。

寛文7年(1667年)に出版された着物図案帳「御ひいなかた」に
「ぢしろ 茶やそめ」と書かれた説明が歴史上の初出とされています。
黄橙色を併用して模様を書いた着物とされていました。
この頃は「浸染め」技法でしたが、
元禄頃に糊防染の技法が発明され、
繊細な模様を描くことが可能になりました。
茶屋染の技法が発達して友禅の発明につながったという説もあります。

皮肉にも友禅の発明により、
藍染め主体で地味な茶屋染は流行から外れて行きましたが
やがて享保の改革など奢侈を戒める風潮が主体となると、
町人の関心を失い地味だった茶屋染は武家奥方に気に入られます。
宝永・正徳頃には大柄・大胆だった模様が次第に細く小さくなり
やがて大奥の衣服制度にも正式に取り上げられることとなりました。
この時、夏の正装は絹より麻が格上だったのです。

嘉永3年(1850年)「守貞漫稿」(喜多川守貞著)によれば
「御殿女中の夏服には、辻、茶屋辻、晒布の三種があり、
 身分の高低によって使い分けられていた」
「茶屋辻は茶屋染によって染められている」
「昔の茶屋染と今の茶屋辻は柄行きが全く異なり、
 昔の茶屋染は文字や具体的な物を著していたが、
 今の茶屋辻は(細かい)総模様である」との記述があります。
この頃に「水辺の風景を表す」という
現代の茶屋辻を意味づける特徴も固定化されたようです。

ちなみに「守貞漫稿」にて茶屋辻より格が高いとされた「辻」
(「茶屋辻」と区別するため「本辻」とも言われる)とは
刺繍や摺匹田(匹田絞りに似せて描かれた模様)により
色彩も多彩に総柄の模様を表した帷子のことです。
辻は御台所や御簾中、大名婦人や高位の奥女中にのみ着用が許され、
茶屋辻は大奥の中臈未満クラスの着用だったとされています。
この辻や茶屋辻で多用されたのが、現在「御所解」といわれる文様です。

明治維新によりこれらの制度も崩壊しましたが、
「茶屋辻」のその文様の形式は、一般庶民にも格の高い物とされ、
しだいに模様そのものを指すようになりました。
現在は訪問着や留袖の模様として、主に絹製品に染められています。

現在は ごくごく普通の庶民である私にも
茶屋辻を着ることが出来ます。
良い時代に生まれました^^


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