新六郷物語 第八章 七

 隆村が入って、純平は楽になった。両子寺でも六郷の若者たちへの稽古は十日だったのが、五、十、十五、二十、二五、三十となった。その殆どを隆村が持ってくれた。
 隆村は暇を見つけると支流の奥の高原に行って、山の峰に立ち木を利用して柵を巡らせて行った。それを広瀬豊治が手伝う。広く長い囲いを作る。数ヶ月はかかるに違いない。しかし隆村は楽しかった。自分だけではない。他人のために役立っている。みんなから喜ばれている。井戸から水を、何杯も汲み上げてやると、園も佐和も感激して喜んでくれる。皆でいただく食事の美味しいこと、楽しいこと。黒木信助は日焼けして毎日開墾地に通い、その日の進捗を報告してくれる。隆村も時には開墾地へ喜捨に行く。皆が一丸となって復興を願っている。
 秋が深くなって寒さが増してきた。園が綿入りの半纏を縫ってくれた。明るくて楽しい人だ。頭の切れもいいが、顔立ちもいい。園と話をしていると限がない。時が惜しくて話し込んでしまう。夜は是永姉妹の長屋に行って話をすることが多くなった。広瀬豊治も一緒になる。豊治は柚と話しが合うのだ。毎日が楽しくて、夜が短くて仕方ない。隆村は充足した。
 「隆村様、最近お顔がにこにこされて、何か嬉しいことでもおありですか」
 佐和にそう言われてしまった。間抜けな顔をしていたのかも知れない。
「いえ、格段、そのようなことは」
「格段、そのような、ですか。純平様、その、ようですよ。隆村様、お似合いですよ。もっと気楽に、素直になられたらいいのに」
 佐和には敵わない。浄峰様と一緒だ。隠しごとなど出来たものじゃない。考えていることも全部見られている。この家に隠し事などないのは、純平の気持ちの良さもあるが、佐和の頭の良さと気性によるところが大きい。
 「はい、もう毎日が楽しくて仕方ありません。ついだらしない顔をしました。皆さんがとてもよくして下さいますので、ありがたいことです。はい、毎日、毎日が惜しいくらい充実しています。園さんといると特に楽しいです」
 「まあ、隆村様、素直になられて、園様、園様、どこへ逃げられたのかしら」
 有里が囃し立てる。
 「隆村、世帯持ち用の長屋は新築で、まだ一軒だけしか入っていない。黒木家から離れた一番端がいいのではないか。隣を気にせずとも良い」
 純平までそう言う。
 「まあ、純平様、うちはそんな迷惑な音は立てていません」
 有里が声を荒げる。
 「有里、お互い気がねしないに越したことはない」
 「おい、何を言う。私はまだ、そこまでは」
 「隆村様、ごゆっくり、お二人でお話合いになって決めてください。長屋は取あえずの住居です。浄峰様のお寺が建てば、黒木家と影平家の屋敷に取り掛かりましょう。ねえ純平様」
 「そうだ、佐和の言う通りだ。早くしたいが、無理もできん。一度にして目立つのも問題だ。木は伐っても直ぐには使えん。乾燥を待たねばならん。いま取り掛かっている六郷の寺の新築、改修が終ると目処もたつと思う」

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