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ep2. ハナビシソウ

2018年5月20日

広瀬宏一は都内の大学に通う4年生だ。売り手市場という時代背景のおかげで就職は既に決まり、ゼミに時々顔を出すかバイトに行くくらいしかやることはない。

今日は日曜日で、大学もバイトも休みなので、インスタグラム(写真をメインにしたSNS)のネタ探しの為に散歩をすることにした。なにせ天気がいい。家の中に居るよりは、外に出た方が気分もいいに違いない。

広瀬には特にこれといった趣味はない。飽きっぽい性格で、何事も長続きしない。新しいことを始めては、すぐに飽きて放り投げてしまう。

実はインスタグラムも今朝始めたばかりだ。そもそも広瀬は別段写真を日常的に撮ることはしていない。一眼レフは勿論、コンデジすら持っていない。写真に関していえば、ズブの素人だ。

ただ、感性は良い方だと自負している。同じ映画をみて何回でも泣けるし(それが感性と言えるのかは別として)、綺麗な写真を見るの事も好きだった気がする(そう思いたいだけかもしれないが)。たしか、蜷川実花の写真や、宇多田ヒカルの元旦那の写真も好きだと思った覚えがある。残念ながら名前は忘れてしまったが。

「自分もあんな風な(つまり蜷川実花のような)写真を撮って人気者になろう。フィルターって機能を使えばどんな写真だってそこそこかっこよくなる事は分かったし。」
生来のフットワークの軽さと、思い込みの強さがいつも広瀬を新しい趣味へと駆り立てる。インスタグラムも同じ事だ。

家を出て2分ほど進んだ道端で、広瀬は立ち止まった。道に咲いた花を小さなカメラで撮影している人がいる事に気がついたのだ。

これは早速のチャンスかもしれない。と考えるが先か、広瀬はその場所へ足早に向かった。

近づくと撮影しているのは同じくらいの年齢の女性だった。
「こんにちは。花、すてきですね」
広瀬に不意に声をかけられて、女性はビクッと驚いた様子で顔を上げた。撮影に没頭していたから尚更驚いたのだろう。
「あ、、、」
言葉を詰まらせてしまった女性に、広瀬はさらりと続けた。
「僕もお隣で撮らせて頂いてもよろしいですか?」
「あ、ええ。どうぞ」
広瀬は先客の女性に軽く会釈して、自分も撮影をし始めた。このように広瀬は人見知りしないし、マナーを大切にする。だから友達は多い。

空に向かって大ぶりの花びらを大きく広げた黄色い花々に惹かれて、少し興奮気味に花に近づきスマホを構えた。昨日も、一昨日も、駅に向かうためにここを歩いたはずなのに、この花の記憶は一切ない。

「これまでと違う視点で道を歩いたことで、同じ景色が違って見えたってやつ?」

広瀬は自分の中の価値観の様なものが一つ変わった気がして嬉しくなった。

「よし、この発見を記念して、僕のインスタグラム第一号はこの花にしよう」

まだ操作に慣れていないこともあり、何度か写真を撮り直した。
写真を投稿しようとして、花の名前を打ち込もうとしたが、広瀬は花に疎かった。そもそもタンポポとチューリップくらいしか花の名前を知らない。考えるのを早々にあきらめ、今にも撮影を切り上げようとしている隣の女性にさらりと尋ねた。
「あの、もしこの花の名前をご存知でしたら教えて頂けますか?」
少し照れくさそうな表情と、新しい事を知る好奇心に輝く瞳を真っすぐに向けられた女性は、少し照れ臭くなりスッと視線を外しながら答えた。

「ハナビシソウです」

「ありがとう。ハナビシソウ。この写真が、僕の記念すべきインスダグラム第一号写真です」

女性に感謝の言葉と、アップしたばかりの写真を得意げに見せて、広瀬は意気揚々と次の被写体を捜しに向かった。


記念すべき1枚目。
家から徒歩2分の道端にて。#ハナビシソウ

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