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ep1. 長岡さゆり

2018年5月16日

女は家に帰るとワンルームの部屋を素通りして、そのままベランダへ出た。仕事の帰りがけに最寄りの花屋で購入した花束を、手慣れた手つきで物干し竿に逆さに吊るし、「今日からよろしく」と吊るされた花に心の中でひと声かけた。
一切無駄のない簡潔な儀式の様に一通りの作業を終えると、何事もなかったかのようにさっさと部屋の中へ戻っていった。


2018年5月18日

女の名は長岡さゆり。
22歳。就職してまだ2カ月余りの新人OLだ。
出版社に入社したが、総務部で他業種とたいして変わりのない仕事をしている。仕事はそつなくこなしているが、特別仕事熱心なわけではない。必要最低限の仕事を、給料に見合った分こなしている。

この日も定時の17時きっかりに退社して、家の最寄りの経堂駅で下車をする。駅前の花屋をちらりと覗き、気に入った花があるかさっと確かめる。好きな花があれば買う。店主とも顔見知りで、一言二言挨拶を交わす。今日は特に気に入った花はなかった。

その後近くのスーパーで総菜を1つと缶チューハイを1本買う。買い物を終えて家に着くのが18時頃。

帰宅後はあらかじめ炊いて冷凍しておいたごはんをレンジで温め、その間にスーパーで買った総菜をテーブルに広げる。そして手を洗い、うがいをしたころにレンジの温め終了の音が鳴る。取り出したごはんのラップの包みを広げると、茶碗に移すことなく総菜の隣にそのまま置く。洗い物を少なくするためだ。

総菜一つとごはん150gが長岡の毎日の夕食であり、今日も同じだ。4月の間はインスタントの味噌汁を添えていたが面倒なのでやめてしまった。代りに寝る前に缶チューハイを一缶のむことが楽しみに加わった。

長岡の部屋にはテレビがない。
食事が終わると特にやることもないので、ベッドにうつぶせにねころんぶ。毛布をぎゅっと抱きしめると、おひさまのにおいがした。心地いいな。長岡は少し目をつぶった。日が伸びてきて、外はまだうっすら明るい。

しばらく布団の心地よさを楽しんだ長岡は、インスタグラムを開くと、タイムラインをざっと眺めた。長岡はインスタグラムで花の写真を見るのが好きだった。そして頻繁に自分も写真を投稿している。
「今日はあまりいい写真ないな」

つまらなそうにつぶやいて、仰向けに寝返りを打った。窓の外にはおととい吊るした花が見えた。長岡はこの窓から眺める花のある景色が好きだった。

「今日も忘れずに写真を撮ってアップしよう」
そう心に誓って、ぼんやりと花を眺め続けた。

「おとといより少ししおれてきたね。きれいだよ」

と、窓辺から吊るした花にひと声かけた。

仕事の疲れがたまっていたせいか、ベッドの寝心地が良かったせいか。
日が沈むよりも早く、長岡はゆっくりとした寝息をたてていた。


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