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「大抵の混浴は“ワニ”ばっかですよ」常連語るジャパニーズカルチャー『混浴風呂』の実情

「売春も…」次第に取り締まられる混浴

【混浴】──その歴史は古いようで考えようによってはついこの間開花したとも言え、遡るは江戸時代。

庶民が銭を握りしめ日々の疲れと垢を落としに通う公衆浴場「銭湯」の文化が広まったのは、江戸時代初期といわれる。
当時は現在のような男女別の入浴スタイルではなく、皆同じ風呂を利用するのが一般的だった。

とは言え人間変わらぬもので、一糸纏わぬ男女が同じ空間にいれば、利用者のごく一部には風紀を乱す者が現れたり、『千と千尋の神隠し』でもお馴染みの「湯女(ゆな)」たちの売春行為が広まったりと、次第に風紀の乱れゆく「混浴」を江戸幕府が取り締まるようになる。

本格的に混浴が終焉を迎えたのは、文明開花に勤しむ明治時代とも、都市部のファミリー層が地方へ旅行に行くようになる高度経済成長期ともいわれる。

いずれも欧米諸国への体裁を取るためであったり、地方にいまだ残っていた混浴文化への抵抗を都会人が示したりといったもので、混浴は完全に失われていなかったということが窺える。

しかし、ついぞ淘汰されたと思えた混浴文化は、2023年現在も全国各所に存在するのだ。

張り紙には「警察から指導が入りました」


筆者が友人との旅行中、偶然訪れた関東某所の混浴温泉Kは、コンビニや本屋にも並ぶような一般的な温泉ガイドブックにも掲載されている温泉である。

コロナ禍以前は旅客に食事を振る舞う宿泊施設として機能していた。当時、値段は1万3000円〜ほど。

現在は管理人の高齢化や客足が遠のいたことも影響してか、午前〜夕方までの入浴のみの営業となった。

自家源泉かけ流しの、まごうことなき"温泉"。
インターネットで検索しても、泉質が仔細に記載されていたり、木々に囲まれ"野湯"に入浴しているような気分を味わせる景色を評価するレビューがあったりと、温泉マニアには一定の評価を得ているよう。

混浴温泉K。道沿いに現れる看板や施設の大きさから、かつては多くの旅客が訪れたことが想像できる(筆者撮影)


奥へ進むと、管理人の住居と思しき民家が目に入る。テレビの音の漏れる居間の掃き出し窓は開放されており、60〜70代だろうか、男性が顔を出す。

「入浴料1,000円頂戴します」

財布からお札を抜き取りながら、横の柱に目をやると

"最近、警察から指導が入りました。入浴マナーはお守りいただきますようお願いいたします"

といった手書きの注意書きが貼られている。

入浴料1,000円とタオル代100円を支払い、温泉へと向かう。

青々と広がる緑に伸びる道を進み、鉄骨の階段を降りる。現れるのはポツンと佇む木造の建物。この下に石畳の温泉が広がる。

左が男性の、右が女性の更衣室入り口。入り口に貼られているのは、入浴マナーに関する注意書き(筆者撮影)

混浴でも更衣室が男女分かれているのは比較的一般的らしく、Kも例外ではない。

Kはタオル着用での入浴も可とのことだが、温泉によってルールはさまざまで、湯浴み着(ゆあみぎ)を着用して入浴することを義務付けるところもある。(それがピタピタと張り付いて気持ち悪い、逆に恥ずかしい、という声もあるとか)

女性の筆者は右の戸から入場。
すでに入浴している男性客たちと目が合う。
サクッと脱いでタオルは更衣室に置いたまま入浴する。
ちなみにKにはシャワーやカランなど湯を流す設備はついていないため、温泉から上がったあとにきれいな水で身体を流すことは諦めた方が良い。

閉場1時間前の16時ごろ、お盆中のこの日湯に浸かっていた先客は5〜6名。いずれも男性で年齢は40〜50代ほどか。
噂の景色はなかなかどうしてである。小屋の手前は板で目張りされていたが奥側は遮るものがなく、目の前に広がる緑は豊か。お湯も熱すぎず長湯が苦手な筆者でもしばらくは浸かれそうだ。

すると先客の一人が話しかけてきた──

「お姉さんたち、初めてですか?」

"ハード"なところは「一見さんに常連が説明」することも

一定の距離を保ちながら我々に話しかけてきた、派手な金髪をした男性。聞くと年齢は30代前半。案の定、混浴客の中では若い方らしい。

「ここは"そっちの趣味"の人の中で、関東では有名なトコなんです。僕はこのエリアの人間じゃないんですが、定期的に来てます」

"そっちの趣味"というのは、言わずもがな、女性客やカップル客目当てで浴場に訪れること。

「ここはかなり"ソフト"な方なんです。特に女性側からアクションがなければ、無闇に話しかけたりしないし、触るなんて愚か。ただ裸を見られるのが好き、みたいな方なんかはいますけどね。
それこそ"ハード"なところもあるんですよ。
『ここに来たってことはそういうことだよね?』って、体を触りに寄ってきたり、"始まっちゃう"ところもあったり。ただ、そういうところでは一見さんっぽい人が来たときに常連さんが説明したりするんですよ。『ここはそういうこともあるけど大丈夫ですか?』って」

その常連客曰く、そういったハードな温泉は、野湯や秘湯の初心者ならば入るのも憚られるような古びた外観だそうで、一見ならば「…やっぱやめとくか」と引き返す人がほとんど。

それでも明らかに「迷い込んでしまった」であろう客には、通常の温泉や浴場では起きないことが起きることもあることをやんわりと伝えるのだとか。

基本的にそういった温泉に来る客といえば、ペッティングや寝取り・寝取られ趣味のあるカップル、ハプニングバーのような"ハプニング"を求める女性、場所によっては男性同士のまぐわりを求める者もいるという。

守り抜かれたアングラカルチャー

ハードな場所に限らず、やはり多くの混浴、水面に顔を浮かばせ女性客を待ち構える"ワニ"がいるものの、そのほとんどは無害で、シンプルに温泉を楽しんでいる一面もある。

むしろ下手に手を出したり強引にコトに持ち込んだりしないのは、この混浴というアンダーグラウンドなカルチャーを守り続けたいからとも言える。無理強いをして通報され、居場所を失うことの方がよっぽど辛いからであろう。

こういった趣味の人間が集まる場所として混浴が利用されたのは、ここ数年の話ではない。
むしろ摘発を逃れここまで生き残り続けたのは、江戸時代から現在に至るまで、一般的には受け入れられない趣味嗜好を慎ましく楽しむ場所として、一般的な温泉と棲み分けし、折り合いつけながら上手くやってきたからでもある。

もちろん健全な混浴もあるわけだが、そういった温泉を探したければ、インターネットで検索するなど、よくよく事前調査をした方が良いだろう。

しかし実際、女性客は来るものなのか。

「毎日1組(1人)は必ずといっていいほど来ますよ。土日は多いと3,4組とか。僕はいつも、そのエリア周辺の混浴を2〜3つハシゴしてます」(先程の常連客)

そんな毎日何時間も湯に浸かっていたら、内臓までふやけそうだな……なんて思いながらも、ここまで混浴に全身全霊を注いでいると、もはや感心してしまう。
「じゃ、僕は次のところ行くんで!」と我々と常連客に軽く挨拶をして湯を後にした。

先にも述べたように、混浴で突然触られたり襲われたりということは起こりづらく、むしろ常連客ほどそこの節操は守っている。もし足を運んでみたい場合は、複数人で行くことをお勧めしたい。

法整備の行き届いたように見える我が国に未だ残り続けるネイチャーアングラ、日常との切れ間なくポッカリ浮かぶ異空間、混浴。

どこか惹かれてしまうのは、悪しき慣習と決めつけながらも生まれてしまう邪な興味からか、それとも彼らの慎ましく健気な文化愛を感じてしまったからなのか──。

百聞は一見にしかず、興味のある方は一度足を運んでみてはいかがだろうか。

【著者プロフィール】
ヤスデ丸(やすでまる)
「実話ナックルズ」の女編集部員。埼玉生まれ中東ハーフ。いよいよアラサー。YZF-R3を手放して、車検のないニーハンに乗り換えたい今日このごろ。好きなプロテインは「ウマテイン」ミルクティー味。「1万逃歩日記」「裁判傍聴ファイル」など不定期で掲載中