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【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】青森県つがる市・弘法寺の『花嫁人形』

亡くなった人と冥土で結婚


 青森県の津軽地方にガラスケースに納められた『花嫁人形』が祀られている寺がある。

 『花嫁人形』というのは、結婚することができないまま亡くなった人たちを、あの世で結婚させてあげることを目的として、親や親戚が寺や地蔵尊に奉納する人形のことを指す。『ムカサリ絵馬』が亡くなった人や結婚する相手を描いたものを奉納するのに対して、『花嫁人形』は、人形自体を奉納する。『ムカサリ絵馬』同様に、このような形で結婚することを『死霊結婚』や『冥界結婚』と言う。

 弘前駅前でレンタカーを借りて住宅街を抜け、青々とした田園風景の中を走っていくと、鬱蒼とした森が見えて来た。青森県つがる市にある弘法寺『西の高野山』だ。住居にもなっている建物の中にいた女性に挨拶をすると、すぐに人形堂に案内された。

 回廊のように長く伸びている人形堂には、数え切れない数の『花嫁人形』が並べられていた。紋付袴や和服を来ている年代物の夫婦人形や白無垢姿の日本人形、細身の角巻人形などがある。人形をひとつひとつ見ていると、背後から誰かに見られているような気配を感じた。年に1度の例大祭を控えて忙しい中、弘法寺の住職さんが説明をしてくれた。

「人形堂には、800体くらいの『花嫁人形』があります。これまでに奉納された数は、1300体以上になります。花嫁人形が広まったのは戦後ですね。戦争で亡くなった方の親御さんがやるようになったのです。持って来たのは津軽の方で、県内からのものがいちばん多いです。口コミもありますね。霊場巡りで来られたときに人形を見て、『うちも独身で亡くなった息子がいるので』と言って持って来られる方も結構います。ピークは、昭和50年代後半から平成元年くらいまでの間でした。広まったきっかけは、NHKで2回ほど紹介されたことです。その後にTBSのテレビドラマで取り上げられたこともあります。私がまだ小さかった頃の話ですが、テレビを見て福岡から来られた方もいらっしゃいました。もう一番古いものは残っていないです」

 弘法寺は弘法大師を本尊とし、真言宗を信仰している寺だ。境内には、数多くの地蔵が祀られている地蔵尊もある。『花嫁人形』が祀られているのは、本殿の横にある廊下の先にある部屋になる。

「花嫁人形を納めるときは、供養をしてあげるという感じになります。結婚式という感じではないのですが、意味的にはそれに近いものになるのですね。真言宗なので【そのお経】を唱えています。魂を入れるときは、そのときでしょうね」

「病気で亡くなられた方のものや事故に遭った方のものもあります。また、自決された方のものもあります。全部若い独身の方のものですね。供養には、毎年来ている方もあれば、年に3回くらい来る方もいらっしゃいます。ガラスケースの中にあるのはお塔婆で、ここには、仏さまのお名前や亡くなった日にち、住所などが書かれています。お札に書かれているのは、名前(本名)ですね。生前、バイクや車が好きだった方のものもあります」

 『花嫁人形』には、いくつかの形態があるが、亡くなった人が男性の場合は、亡くなった人の生前の写真と女性の人形が納められる。亡くなった人が女性の場合は、女性と男性の人形が一対となって納められたり、女性の人形と架空の男性の絵などが納められたりする。これといった決まりは設けられてはいない。

  人形堂に並べられている無数のガラスケースを見ていると、その中にある写真は、軍服を着ているものや背広を着ているもの、普段着姿のものがその大半を占めていることに気づいた。いくつかではあるが、学生服を着ている女性の写真も見かけられる。これはすべて亡くなった人の遺影だ。奉納されてからかなりの年月が経っているものもあり、その表情には、やるせなさのようなものが浮かんでいるようにも見えた。

 ガラスケースの中に納められる札に書かれている相手の名前は、すべて架空のもので、遺族や親族にとってさし障りのないものがつけられている。また、生前つきあっていた異性がいる場合は、その家族の心情に配慮して無難な名前がつけられる。

「津軽一帯では、ここが一番早く花嫁人形の奉納を始めたと言えるでしょう。人形は、弘前市内のデパートに発注しています。人形の九月、秀月のようなところで買って来られる方もいらっしゃいますね。花嫁人形の様式に決まりというものはないです。日本人形でなくてもいいのです。振り袖でも何でもいいのですが、納める人は、白無垢を選んできますね。預かる期間は15年で、延長をするときは、継続の手続きをしてもらっています。納めるのを終えるときは、消滅供養をやります。何年かに1回、2~30体溜まったらお焚きあげをしていますね。お年寄りの方が多いので、もう来られなくなる人がいるんですよ。『車で送ってくれる人がいなくなった』ということから終える人もいます」

 弘法寺の歴史については、天災によって寺が消失しているため分かっていない。貞和4年(1347年)の年号が記されている7代目住職の位牌が寺に残されていることから、900年あまりの歴史があると思われている。明治時代に建て直しているが、それまでは廃寺だったようだ。『西の高野山』というのは山号で、平成に入ってから登録されたものになる。寺に墓はなく、無檀家となっている。信者の回向などの仕事が8割方を占め、残りの2割のうち『花嫁人形』に関するものは、その半分くらいだという。寺では、新築の住宅や新車の祈祷もしている。この夏は、コロナ禍が明けたことも手伝って、数多くの観光客が訪れることであろう。

写真・文◎酒井透(サカイトオル)
 東京都生まれ。写真家・近未来探険家。
 小学校高学年の頃より趣味として始めた鉄道写真をきっかけとして、カメラと写真の世界にのめり込む。大学卒業後は、ザイール(現:コンゴ民主共和国)やパリなどに滞在し、ザイールのポピュラー音楽やサプール(Sapeur)を精力的に取材。帰国後は、写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)の専属カメラマンとして5年間活動。1989年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定第117号事件)の犯人である宮崎勤をスクープ写する。
 90年代からは、アフロビートの創始者でありアクティビストでもあったナイジェリアのミュージシャン フェラ・クティ(故人)やエッジの効いた人物、ラブドール、廃墟、奇祭、国内外のB級(珍)スポットなど、他の写真家が取り上げないものをテーマとして追い続けている。現在、プログラミング言語のPythonなどを学習中。今後、AI方面にシフトしていくものと考えられる。
 著書に「中国B級スポットおもしろ大全」(新潮社)「未来世紀軍艦島」(ミリオン出版)、「軍艦島に行く―日本最後の絶景」(笠倉出版社 )などがある。

https://x.com/toru_sakai

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