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連作集「泥に落ちた野菜」【ナックルズ文芸賞 受賞作品】


第1回(令和5年)ナックルズ文芸賞
『ナックルズ優秀賞』受賞作品

「泥に落ちた野菜」
みょるどぶるー/てんしちゃん/あほろーとる/りりちゃん/ポンタ/楪カレン

新宿歌舞伎町、その真ん中にダリカレーはある。様々な人間がその店に訪れ、ダリの陽気な笑顔と酒とカレーを楽しむ。

店の前を歩く人間は、怖い人からかわいいお姉ちゃんまで、みなダリに声をかける「おお、ダリ!」「ナニナニサン!」

歌舞伎町に似つかわしくない牧歌的な店。
みんな楽しい、ダリカレー。

月に一度、ダリカレーの閉まる日がある。扉に鍵が閉められ、シャッターも降ろす。その日は店の前に屈強なインド系の人間がスーツを決めて、あたりを睥睨するように眺めている。

「ヤッチャウシカナイネ?」
「ソレシカナイ!ソレシカナイ!」

集まるインド人、パキスタン人たち。腕にはみなキラキラ光る時計をつけている。
その声を浴びせかけられているのは、店の奥、中央に、いつもと同じ服で、しかし今日はビロードの椅子に座る、ダリだ。

「ヤルシカナイ!ヤルシカナイ!」
「ダリ!ウチのシタツカテヨ!」

浴びせかける質問を一身に浴びたダリ。目を閉じ腕を組み、一身にその声を浴びるダリの姿は、ふだんの陽気なダリとはまるで違う。

どうしてそれがわかるのだろう?ダリが言葉を発する前に、一同が一斉に喋るのをやめた。みんなわかっているのだ

──これからダリが喋る

「ヤロウ」

集まった人間は歓声を上げる。ボスの一声、やっと抗争の許可が降りたのだ。暴対法などのできたこのご時世だが、ダリのグループには血気の盛んな若者たちが大勢いた。彼らは、報酬がもらえるからではなく、ダリに尽くすことに喜びを感じでいた。ダリのグループが歌舞伎町で生きてこれたのは、こうした若者たちを絶えず大量に抱えていたからだ。

幹部たちは迎えに来たアルファードで続々と去っていった。店前にいた屈強なインド人たちも立ち去り、ダリはダリカレーのシャッターを上げる。

「ウチノカレーオイシヨ!」
「オンガクナガスヨー」

いつものダリカレーが戻ってきた。あの、いつもの、ダリカレーが。

かつて、ダリの幹部でダリにこうした提案をした人間がいた。「カレー屋を薬物の取引の場所にすればいいのではないだろうか、あるいは、裏メニューとして薬物を販売するのはどうだと」ボスながらめったに怒ることのないダリは(だからこそ、怒った時が怖いのだが、)鬼のように形相を変えて、その人間に怒った。

「カレーをヨゴスコト、ユルサナイ」

その人間は朝まで廃ビルで殴られ続け、翌日、お詫びとして鼻にカレースパイス(辛いやつ)をパンパンに入れた状態でダリに詫びを入れた。

ダリはようやくそれで彼を許し、そして立たせ、いつも客にそうしているように、カレーを振る舞った。彼の鼻に詰め込まれたカレースパイスで作ったカレーだ。

「ゼンブタベルマデ、ユルサナイヨ。アマタラ、モテカエレ」

ダリは今日も歌舞伎町にカレーと酒と笑いを振りまく。
まるでその場所を、汚い歌舞伎町の中で、ただ綺麗な一輪の花の咲く場所にしたいと願っているかのように。

筆者は歌舞伎町の裏側を知る人間として、書かなければならないことがまだある。おそらく、この文章を発表することで、筆者の身には相当な危険が及ぶだろうが、知るものの責任として、私は死を覚悟して、ここからの文章を記す。

ダリのグループは独特な強固な絆で繋がっている。ダリグループはインド系やパキスタン系に限らない。中国系やアメリカ系、アフリカ系、果ては日本の組織の人間までもが属しているのだ。みな、ダリのカレーでとりこになったのだ。ダリグループの豊富な人材は、ダリがそのカレーでグループに人を惹きつけるからこそ、成り立っているものだった。

私は一度、ダリに聞いたことがある。「あなたのグループはあなたのカレーが力の源泉だと思う。みな、あなたのカレーの味に魅了されている。どう思うか」と。
ダリは「ダリグループ?アハハ!ソンナモノナイヨ!イイカラタベナヨ!」とカレーを差し出したが、私は、そのダリの目に一瞬見えた闇の深さを見落とさなかった。

みょるどぶるー


産まれた時から僕はすでにもう死んでました。
ようちえんの時にはもうすでに感情を殺しました。
小学生で僕にはもう生きる理由より死ぬ理由を探してました。
12才で知らない人に処女を売りました。
もう僕に心はなかったです。
僕は誰の子か分からなくてどこから産まれたのかも分かりません。
家出して、ずっと体を売った。僕にはそれしかできなかったから。
ほとんど寝ないで働かされていた。ずっと。
でも良かったの。だって人間じゃなかったもん。
たくさん汚いおじさんがいて毎日体を売った。
本当は今思えば僕死にたくて死にたくて、でも本当は生きたかったのかな。
18の時、僕の目の前に神様が現れたの。
こんな僕に高い価値をくれた。
そして名前をくれたの。
そのしゅんかん僕は産まれました。
だからね、リスカで傷だらけの腕に名前のマークのいれずみをいれたんだ。
そしたらいままでの過去全てが美化された。
もう少し生きようって思えた。

てんしちゃん(元ジャンキー)


ちゃんと喋れるようになったのは高校生くらい
でもね、本当はもっと前からいけないことしてた。
だって指さえ動かせればなんだってできたから。
もちろん誰にも言えない。
誰にわかってもらおうとも思わない。
あの日からわたし、悪い子になるって決めたから。

【わたし一人ぼっち。寂しいなあ】
掲示板にいつもの投稿。

「大丈夫? 話聞くよ」そうやって言い寄ってくる沢山のおじさんからのメッセージ「心配してるよまいちゃん」そんな綺麗な言葉遣いで本当に求めてるのは、「なんでもしてあげるから」本当に求めてるのは、「寂しいならお家に来なよ」わたしの身体。

私は親が嫌いだった。
ある日親の財布から5万円抜き取って家を出た。いけないことだと思わなかった。
だって本当はもっといけないことしてたから。
おじさんが服を脱ぎながら私の目を見つめて言う。
「まいちゃん、絶対この事は内緒だよ」
私はなんにもわからない純粋な女の子のフリして「なんのこと?」
おじさんは私のきょとんとした顔みて、1万円札を私の手に握らせてきて安心を買うんだ。

わたしの中の悪い子。
それはおじさんを許してあげること。
だって本当はいけないことしてるおじさんを罰してあげず見逃してあげるなんて、おじさんにとってとっても良くないことでしょ。
今日のおじさんは帰りにチョコレートもくれたし、明日は学校にちゃんと行ってみよう。

私の学校での居場所は保健室。
30代くらいの鼻の横におっきなホクロがある白衣の女の先生がいつも話聞いてくれる。
数ヶ月前からその保健室の先生に言ってるんだ。
「ママが不倫していて、私、すてられるかもしれないんだよねー」
強がった笑い声をだしながらいつも「救って」の声をあげていた。

「大丈夫。親はなんだかんだ娘のこと好きなんだよ」

なんにも私の心を満たすことには役に立たない言葉ばかりぶつけてくるけど、私に一生懸命、保健室の先生ごっこしてくるからすきなんだ。
私はその日、昨晩帰らなかった私への母親からの心配の連絡がないまま眠った夜になんだか寂しさも埋まらなくて、保健室の先生に言った。

「わたし、昨日35歳のおじさんとえっちしたんだ。その人の、お家に行ってね」

私がいつも母親の不倫の話をする時とはちがう、ピンとした空気が流れた。
「大丈夫?」
先生は心配してくれた。
私の方を見て言ってくれたのが嬉しかった。

「まあね。うん。優しい人だったよ」

先生は、思い込むように黙ってた。
私の事考えて頭が、私だけになってるなら

良かった

今日は気持ちよく満たされたから、よく寝れそうで

良かった

私はまた翌日、学校に登校した。
昼過ぎの誰もいない保健室に。

扉を横に空けてまず、先生に言われた。

「今日お母さん呼んだからね。ちゃんと話し合おうね」

わたしは、嬉しかった。

不倫をしている、悪いお母さんに、学校の先生はやっぱりちゃんと注意してくれるんだ。わたしは、保健室の先生を見直した。

「将来あなたみたいな保健室の先生になりたい」

なんて、保健室の先生が思わず顔がにやけて、本当の人間にならせてしまうような言葉かけてあげようかな、なんて思った。

わたしは、母親に言われる言葉を想像してみた。
「あなたのこと愛してるからそんなこと辞めるわ」
「わたしはあなただけいればいいの。だって娘だから」
なんて最上級に良い言葉言われちゃうかな、なんてにこにこ妄想を繰り広げながら
夕方まで保健室でいつも通り日記を書きながら母親を待った。

でもね

本当は

お母さんが

「そんなの知りません。
娘は頭がおかしいです」

なんて先生に伝えて
学校にもきてくれないのは、分かってた。

先生は、なんか忙しいそうに、パソコンを、ずっとかたかたしていて、
「みんな。みんな、死ねばいいのにー」
なんて私が言う小言には今日は、付き合ってくれなかった。
ううん、今日も、明日も、明後日も、ずっと、ずっとずっと、私には誰も付き合ってくれない。
だから私は今日も街に出て、愛するおじさんのところに向かう。

「まいちゃん、かわいいね」

私の大好きな、おじさん。

りりちゃん(元援交女)


腐りかけのおにぎりからひよこが生まれました。
ぴこぴこ〜ぽんぽん〜と動くひよこでした。陽気だけどなんだか動きがおかしくて、友達はなかなかできませんでした。

しかしある日、お団子太郎と出会い、仲良くなりました。一緒におにぎりの中に入って秘密の話をしたり、みんなに言えないことをして仲良くなりました。お団子太郎は、そのひよこをポンタと名付けました。

ポンタ(メンヘラ)


私は昔から、まわりの言うことだけを聞き、顔色を伺いながら生きてきたいい子ちゃんでありました。好きなものがない空っぽな人生だったもので、高校生の時は校舎の裏手で一人でいました。

そこには小さな楪の木が生えていて、私はその下で本を読んだり音楽を聞いていました。

その時に仲良くなったのが、Aちゃんです。
彼女も、私と同じで、空っぽな子でした。
空っぽな私たちは、お互いをお互いで埋めて満たしていました。
毎日、後者の裏での楪の木の下で待ち合わせて、二人で過ごす毎日でした。

高校を卒業して、私たちは二人で東京に上京しました。
私たちは同じ部屋に住んで、違う男の子たちと遊び、そして違う仕事をしました。彼女はガールズバー、私はレストランのキッチン。

いつとは言えませんが、彼女は少しずつおかしくなっていきました。
何日も帰らない日が続いたり、家に帰ってもリビングで寝ていたり、ささいなことで怒るようになってしまいました。

ある日、彼女が廊下で泣きながら電話しているのが聴こえました。「どうせ私のことなんてお金としてしか見てないんでしょ」私は泣いて部屋に戻った彼女を抱きしめました。私がその電話の相手の変わりになれればいいと、どれだけ思ったことでしょう。
それでも彼女はそんな生活をつづけました。

その日は彼女の誕生日でした。彼女の好きな宇多田ヒカルの本を買って、私は家に帰りました。鍵があいたままの部屋で、彼女の私物はすべてなくなっていました。私の大事なコートや、ネックレス、そして貯めたお金も、すべてなくなっていました。

私は恨みながら、日々を過ごしてしまいました。
それから一年後です。彼女の死を知ったのは。
色々なところで借金を作り、風俗で働いて、薬でおかしくなったと、彼女の友達から聞きました。どうして気づいてあげられなかったんだろう。あの時、抱きしめるだけじゃなくて、ただ言葉をかけるだけじゃなくて、私が何かしていれば、彼女は生きていたかもしれない。
彼女はもちろん私から盗んだお金も全部使ってしまっていたようですが、奇跡的に多少のひび割れで済んだ彼女のiPhoneの待ち受け画面は、高校生の時に、彼女とあの楪の木の下で撮った私との写真でした。

楪カレンはその時に生まれました。
私は彼女を忘れない。
私の記憶で彼女は生きている。
彼女とその下で過ごした楪は、枯れない。
「親が子を育てて家が代々続いていく」という縁起木であるユズリハは、枯れない。

楪カレン(AV女優)


Written by
みょるどぶるー(X @warui_hakase)
てんしちゃん
りりちゃん(X @nekokusainjakas)
ポンタ
楪カレン(X @yuzuriha_karen)

Composed by
みょるどぶるー