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ライター根本直樹のTOKYOバカ一代 外道伝#8 都市伝説の飲み屋 池袋『ハルピン水餃子』の金さん(中編)

なぜか昔から、市井に暮らす、名もなきバカが好きだった。
中国出身の金さんもそんなバカの1人である。彼はオーバーステイの身でありながら、池袋の奥地で、今や“伝説”と呼ばれる小さな居酒屋を経営していた。バカにはバカが集まる。店の常連客たちのバカっぷりも相当なものだった。

前回の記事はこちらから→https://note.com/jitsuwa_knuckles/n/nc0b83d62d83e


オーバーステイのヴァイオリニスト

 伝説の居酒屋、池袋『ハルピン水餃子』には、誰にも言えない“秘密”があった。

 2003年、春めいてきたある日の晩、店主の金さんに誘われ、当時すでに閑散としていた三業通りの入り口付近にあった、オンボロの立ち食い寿司屋にしけ込んだ。開店資金の目処がつき、あとは不動産屋で店舗の賃貸契約を結ぶだけというタイミングだった。時折小さな黒い虫が横切るカウンターの上に直置きされた萎びたマグロやイカの刺し身をつまみながら、2人で生ぬるい瓶ビールを飲んでいると、金さんが口を開いた。

やさしい笑顔の金さん

「実はさ、俺」

 いつになく深刻な表情の金さんはそう言うと、しばらく黙り込んでしまった。

「どうした、心配事でもあるのか?」

 私が促すと、金さんは意を決したように“告白”をはじめた。

「これ言ったら、今頃何言ってるんだと怒られそうだけど、俺、オーバーステイなんだ」
「オーバーステイ? つまりビザ(査証)が切れてるってこと?」
「うん」
「もうどのくらいになるの」
「うん、10年にはなるかな」

 私は金さんがオーバーステイの“不法滞在者”だったことには驚かなかったが、10年もの間、警察にも入管(入国管理局)にも捕まらず、ここまで一見お気楽に暮らしてこられたことに感心した。あの時代、私の周囲には不法滞在の中国人がうじゃうじゃいたが、2、3年で姿を消すのが普通だった。

 90年代前半、金さんは日本語学校の就学生として、いわゆる“留学ビザ”を取得して来日した。

「日本語学校に授業料を払ったら、手元には1万5千円位しか残らなかった。中国から持ってきたものは、ほんの少しの着替えと、ヴァイオリンだけ。すぐに仕事を見つけないと死んでしまう。日本に来たワクワクよりも不安のほうが大きかったよ」

天安門事件を体感した元エリート大学生

 冬になると氷点下30度にもなる極寒の大都会、中国東北部ハルビン市出身の金さんは、幼少時代からヴァイオリンを習うなど、裕福で文化的な家庭に育った。学業でもエリートコースを歩み、“北京4大大学”の1つと言われる北京師範大学に進学。同級生には“六四天安門事件”の学生指導者として有名なウーアルカイシがいるなど、青春時代の金さんは、激動の北京を体感した男でもあった。

「ごくたまに、付き合いで反政府デモに参加したこともあるけど、あの頃の俺は寮の部屋にこもってヴァイオリンを弾いてることが多かったよ」

 後に金さんはそんなことを語っていた。いずれにしても80年代から90年代の前半までに来日した中国人留学生は、毛沢東が主導した文化大革命や六四天安門事件など、政治的な荒波に翻弄された世代で、昨今の裕福でチャラい感じの中国人留学生とは苦労の度合いがまったく違う。あの頃の中国人留学生の大半は貧乏だったが、矢沢永吉ばりのバイタリティーと成り上がり精神を発揮し、合法非合法は問わず、日本で成功した者も多い。

 しかし金さんのキャラはちょっと違った。童顔で、いつもニコニコしていて、まったり、のほほんとしていて、基本的に“怠け者”だった。不良中国人的な雰囲気も皆無。非合法な行為にも手を染めていなかった。ただ“不法滞在者”というだけ。その事実を知らなければ、誰もが“気さくな中国のお兄さん”にしか見えなかったはずである。

 立ち食い寿司屋で締めのかっぱ巻をつまみながら、相変わらず暗い顔色の金さんが言ってきた。

「みんなから開店資金も集めた。今さら、やっぱり店はできませんっていうのは心苦しい。頼む。俺の代わりに、賃貸契約、結んでくれないか」

 オーバーステイということは外国人登録証も期限切れとなっていて、金さんには身分を証明するものが何もなかった。私はしばし考えた後、金さんの頼みを受け入れることにした。

「1つだけ約束してくれ。俺以外の人間には絶対にオーバーステイのこと話すなよ。金さんファンにはおバカないい奴が多いけど、いつ誰が裏切って、入管や警察にチクるとも限らない。いつも通りの顔して、やれるところまでやっていこうよ。いつか大儲けしたら、ボーナス頼むわ」

 根は異常なほど真面目な男、それが金さんだった。顔を紅潮させ、細い目にあふれるばかりの涙をためながら、金さんはしきりに俺の肩を叩き、何度も握手を繰り返した。

 次回、伝説の居酒屋『ハルピン水餃子』で繰り広げられた、おバカで憎めない客たちのダメダメな人間模様を書きたいと思う。

【著者プロフィール】
根本直樹(ねもと なおき)
1967年前橋市生まれ。函館市立柏野小学校卒。週刊宝石記者を経てフリーに。在日中国人社会の裏側やヤクザ、社会の底辺に生きるアウトサイダーを追い続ける。アル中、怠け者、コドナ(大人子供)、バカ