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【鈴木智彦】ルポ・すすきの首狩り殺人事件/性と欲が交錯する〝魔のラブホテル街〟でなにが起きていたのか

ホテルで男性を殺害し首を切断、頭部を持ち去ったとして一家3人が逮捕された衝撃事件。現場付近はかねてきな臭い噂が漂う〝魔界〟だというのだが─(取材・文=鈴木智彦)

 逮捕された田村瑠奈容疑者。調べには黙秘を貫いているという
防犯カメラにはスーツケースを抱えた怪しい人物の姿が残されていた


暴力団事務所にも警察が

 7月2日、札幌・ススキノのラブホテルで首を切り落とされた男性の死体が見つかった。北海道に住む旧知の暴力団関係者からすぐ電話が入った。
「稼業(暴力団)の人間かもしれん」
「シャブがらみですか?」
 事件現場はラブホテルの密集地で、札幌随一の怪しいエリアである。戦後はまだ民家が多く芸者置屋や街工場などもあったが、一帯にあった旅館からラブホテルに鞍替えする業者が生まれ、今に至る魔界のような、欲と性のサンクチュアリーが誕生した。
 一帯のラブホからは、シャブを使って変態セックスに興じるユーザーからの追加注文がある。そのため暴力団直営の覚醒剤密売団は、時にすぐ近くのホテルで覚醒剤を小分けにしてデリバリーする。ヤクザにとって、シャブは打つモノではなく売りモノとはいえ、ポケットにシャブがあれば魔も差すだろう。白い粉でドーピングすれば、どんな突飛な事件でも起きる。
「そうじゃないんだわ。ただ○○にいきなりサツが来たらしい。おかしいべ。こんなの」
 彼は昔からラブホ街のど真ん中に事務所を構える六代目山口組系列の事務所の名を上げた。首なし死体が見つかったホテルのすぐ近くだ。警察はいきなり暴力団事務所を訪問しない。非公式であっても、一応の内諾を取り付けてから姿を見せるのに、この日は突然やってきて、ゴミまで持ち帰ったという。
「怪しいってことですよね。連続強盗団を指揮していたルフィもそうだけど、札幌の裏社会ホットすぎです」
 念のため札幌行きの飛行機を押さえた。翌日、ネタ元のヤクザが笑いながら電話してきた。
「わりぃ。ガセだったわ」
 理由を聞いて吹き出しそうになった。
 暴力団事務所に据えられた防犯カメラのひとつは、ホテルから出てくる客を確実に映せる位置にある。道警はその映像を提供してもらうために、突然訪問してきたのだ。ところが、この日、カメラが故障していて映像データがなかった。なにかあると勘ぐった道警が事務所内のゴミまでを押収したというわけだ。幸い、業者に修理を依頼していて、その証言により疑いは晴れたらしい。
「ただあそこの202号室、昔、誰かが殺された部屋じゃねぇかな」
 国会図書館で新聞記事を検索しても見つからなかった。

ラブホテル街には暴力団関係者の出入りも多く、札幌随一のディープゾーンといわれる

凄惨な事件があちこちで…

 グーグルマップで、再度ラブホテルの位置を確認した。40年前、現場付近で警察に職務質問された過去を思い出した。昭和58年5月27日、私の高校2年生の誕生日に彼女と授業をエスケープし、サービスタイムを狙って現場となったホテルの反対側にあった『ゴールデン札幌ホテル』に入った。夕方、ホテルを出てすすきの駅方面に向かおうとしたら、2人組の私服警官に捕まった。
「昨日、近くのホテルで女性が殺されてね」
 被害者は19歳だという。
「どこでですか?」
「ほら、あの、XOってとこ」
 『ホテルXO』は前年の暮れ、魔界エリアの入口付近にオープンした。地下1階・地上9階建てのビルは、高級ホテルの佇まいをウリにしており、エア・シューターで精算し、エレベーターでも他の客と鉢合わせしないよう工夫されていた。今は普通のホテルとして営業しているが、通りに面した壁面の中央にある特徴ある窓はそのままだ。306号室で見つかった彼女は、デートクラブ嬢と聞かされた。
「身分証明書出して」
 学校には内緒で取得した原付免許を渡した。「17歳……高校生かい?」
 補導されると思ったのか、彼女は真っ青な顔で腕にしがみついている。
「今日は君たちをどうこうしようというわけじゃない。ほら、今月、中学生の女の子が亡くなった事件があるしょ。だからちょっとね。確認」
 約3週間前の5月8日、別のエリアにあるラブホ『ロイヤル朋』で、13歳の中学2年生女子生徒が、暴力団員に覚醒剤を打たれて急死していた。歪んだ性欲が引き起こす事件は、常にラブホテルで起きた。結局、いくつか質問されて解放されたのだが、細かいやりとりは覚えていない。ネットの『大島てる』をみると、首なし死体が見つかったホテルのすぐ近くでも元暴力団員が同伴したラブホの部屋で、覚醒剤で亡くなったとみられる事件が掲載されていた。というより、一帯は自殺、事件、事故死の巣窟だった。
 記憶はモノと結合する。
 モノの中で、最も強く物語を吸着するのは土地だ。家屋が消滅しても、地面は同じ場所に存在する。事件現場に強い引力が生まれるのは、原則、土地が不変の存在で、いったん吸い込んだ記憶を何百年、何千年も伝承するからだ。古都・京都が世界的な観光都市なのは、街のあちこちに土地が抱え込んだ物語――その多くは凄惨な事件があるからに他ならない。
 首なし死体が、親子3人による首狩り事件で、女装愛好家が殺されたというショッキングな展開になっても、私は事件現場にしか興味が湧かなかった。あのエリアの異様な空気が気になってしかたない。
「俺らが風紀を乱してんだけど、車で通るだけで嗚咽しそうだもんな」
 札幌の暴力団員は苦笑した。
 犯人が逮捕され、狩られた首が発見され、ホテルが営業を再開したと聞き、どうしても現場に行ってみたくなった。

現場となったラブホテル。館内は「撮影禁止」と厳重なメディア対策がとられていた(撮影=筆者)
ホテルのメンバーズカードやアメニティ類。ネットのクチコミ評価は高い

日常と魔界の境界線

 すすきの駅を背にして魔界エリアに入ると、馴染みのある場所に首狩り事件の現場となったホテルがあった。40年前、これ以上奥に入ると、客引きなのか、テレクラで待ち合わせたのか分からぬ女性たちが、それぞれの角に立っていた。飲み屋街から入ってすぐの辻、事件現場となったホテルのあたりだけ怪しい人物がいなかった。そのため、ここでよく彼女と待ち合わせたのだ。この場所こそが、日常と魔界の境界線だった。
 時折、ホテルを撮る観光客らしきグループがいた。外壁のあちこちには張り紙があった。赤字で撮影禁止とあり「館内、部屋、他のお客様、従業員などの撮影は固くお断りします。画像や動画をSNSや動画サイトに投稿したり拡散は絶対にお止め下さい。インタビュー、撮影交渉等もお断りいたします」と書かれている。迷惑系YouTuberが悪ノリ動画をアップする抑止力にはなるだろうが、部屋の中で撮影した写真や動画をアップした相手を訴え、裁判で勝てるのかは分からない。
 エントランスを入ると「フロントには誰もいない」と書いてある。にもかかわらず料金が分からずまごまごしていると、奥から若い男性が出てきた。客を装ったマスコミなどに質問されないよう、不在を偽装しているのだろう。
 もともとワンフロアに2部屋しかない小さなホテルだが、昼間にも関わらず空き部屋は3部屋だけだった。内装はネットにあった画像通りで、ごく普通のラブホである。ただ玄関ドアと浴室は、ベッドより高い位置にあり、浴室はまるでステージのようも見える。浴室で首を切り落とした女性は動画を撮影していたらしい。映える動画が撮れただろう。
 風呂に入り、テーブル上のファイルを開けると会員証があった。登録証に「全客室達成すると、当日の室料が無料!」とあり、どえらいブラックジョークだと思ったのだが、帰りのエレベーターを確認すると、事件のあった2階は押せないようになっていた。
 8月14日、札幌白石区の元ラーメン店で、警察が容疑者だと勘ぐった組織――ホテルのすぐそばにある暴力団組織の幹部が、胸から血を流して死んでいるのが発見された。単に奇遇というだけではあるが、魔界エリアの物語は確実に増えた。

発売中「実話ナックルズ10月号」より

<著者プロフィール>
鈴木智彦(すずき・ともひこ)
1966年生まれ、北海道出身。フリーライター、カメラマン。元『実話時代BULL』編集長。『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』『ヤクザときどきピアノ』ほか著書多数。