見出し画像

【特別公開】一人暮らしの歳時記 9月

【注意】この記事は、自由炊事党機関誌「自炊のひろば」第3号に掲載されるはずだった(が諸々間に合わなくて発行中止になってしまった)記事を、特別に公開するものです。都合により予告なく公開範囲を変更しまたは公開を取りやめる場合がありますので、ご了承ください。

9月

 ある年の秋、ドライブに出かけたところ、立派な栗に出会って無性に料理してみたくなった。それまで栗を料理したことはなかったから、衝動買いしたは良いもののどう下ごしらえして良いかまったくわからず、ネット情報を頼りに、夜中までかかってなんとか渋皮までむくことができた。
 それからしばらくして、別のところの道の駅に立ち寄ると、以前格闘した栗よりもはるかに安いではないか。ブランドや実の大きさなど色々な要因はあるが、それにしてもお買い得だ。下ごしらえに手間がかかることも忘れて、また買ってしまった。
 熱湯に数十分つけてからむけば、鬼皮は包丁で簡単にむける。しかし最大の難関は身にぴったりと張り付いた渋皮で、堅い実に亀甲状に包丁を入れていかないとむけないことを、下ごしらえげ途中まで進んだところでようやく思い出した。
 そこで思い立ったのが、渋皮をそのまま使って渋皮煮にしてしまうことだった。栗に初挑戦したときは余裕がなくて、徹夜して全て渋皮をむいてしまったが、渋皮を残したまま食べられるレシピがあることを直後に知って、リベンジを誓ったのであった。
 渋皮がついたままの栗を、重曹と水を入れた小鍋に入れて火にかける。2〜3回茹でこぼしてアクを抜きながら、渋皮を柔らかくする。
 水の入ったボウルに空けて手でさわれる温度になったら、指の腹でこするように渋皮の繊維を取り除いていく。
 余談だが、食品用に使われている重曹と、お掃除用に使われている重曹は、かなり値段が違う。どちらも同じNaHCO3という分子式で表される物質の結晶だから、中身に違いはないはずだ。調べたところ、違いは精製の工程にあるとのこと。食品用は口に入れても安全なように細心の注意を払って作られているが、工業用はそうではない。とはいえ、見た目に違いはないし、最後は真水で茹でこぼして重曹を洗い流すし……と思いながら、思い切ってお掃除用重曹を鍋に入れてしまった。
 職場でお土産や手料理を交換する仲の先輩からもらった栗の渋皮煮も、お掃除用重曹で作ったという。彼女の手料理をいただくときは、いつもイケアのタッパーやジッパー袋に丁寧に包まれているから、僕がお掃除用の重曹で栗の渋皮煮を作ったなんて言ったら鼻で笑われるのではないかと思ったが、反応はあっけなかった。「あら、私も料理用の重曹なんて買ったことないわ」
 ※料理で使う際は、必ず料理用の重曹を使いましょう。工業用を使った際の安全や衛生に関する問題には一切の責任を負いかねます。
 さて、話を戻して栗の渋皮煮づくりを再開しよう。渋皮の筋があらかた取れたら、真水で茹でこぼして重曹を落とす。
 栗の実の1/3くらいの砂糖と水で、栗の実が崩れないよう弱火でフツフツと煮込んでいく。シロップが栗の全面にしみこむよう、煮詰まるにつれて栗の向きをそっと変えたり、スプーンでシロップをすくって栗の表面にかけたりする。
 モンブランのてっぺんに載っているような、甘くて照りのある渋皮煮を作りたくて、煮汁を思いっきり煮詰め、ラム酒で華やかな香りを足した。飴状になったシロップをまとった栗の実は、多少不格好だけれども、とても美しく見える。できたてをつまみ食いしてみると、渋くて堅いはずの渋皮が、ほろりと柔らかく変身して旨味を帯びている。中の実もほろほろと口の中でほぐれて、ガツンとくる甘みに栗のホクホク感や素朴な旨さが負けていない。

 渋皮を全部むくのに比べたら、渋皮煮はまだ作りやすいかもしれない。これは来年もやろうと思いながら、栗の実が割れないようにスプーンで一つずつ鍋からすくい出してジッパー袋にしまった。秋の夜長、深夜のお菓子作りは、自宅で過ごす最も幸せな時間である。

シソの実

 添え物や付け合わせが好きだ。
 刺身のツマや、洋食に添えられた千切りキャベツとパセリ、デザートに載ったミント、そういった類のものは全部食べるようにしている。飲み会で誰も手を付けずに残ったキャベツの千切りなんかも大体自分が食べてしまうのだが、もったいない精神と食い意地だけではなく、美味しいと思って食べている。添え物や付け合わせは、本体の脂っこさを低減して爽やかな香りを付け足してくれるからだ。
 さて、そんな添え物界(?)でも格が高いと思われるのが、しその実である。おしゃれな刺身の器でワサビの隣に並んでいる、不思議な形をしたアレのことだ。穂じそとも言い、実の部分を茎からむしり取って醤油に落とし、刺身と合わせて食べると爽やかさとプチプチした食感が加えられて美味しさが増す。
 なかなかお目にかかれない紫蘇の実のことだから、さぞかし高いのだろうと思っていたら、産地では驚くほど安い。人参が3本くらい入るようなビニール袋にわんさかと入って、100円ちょっとで売られている。夏に葉を取るイメージが強いしそだが、秋になると実をつけるらしい。9月に直売所に行くと、たくさんのしその実が並んでいて、土の匂いやエグみも含んだ爽やかすぎるほどの香りが立ち込めている。
 数年前のある夏に、この町に移住したマダムに、しその実の佃煮を混ぜ込んだおにぎりをご馳走になったことを思い出した。ギッシリとボトルが詰まった大きなワインセラーを背にしてマダムが作ったおにぎりは、田舎のおばあちゃん家に来たような懐かしくてあたたかい味だった。
 あれを自分でも作ってみたいと思い、しその実の佃煮に挑戦した。
 よく洗って茎からもいだしその実を軽く湯通しする。砂糖・酒・醤油を同量に、半量のみりんで煮汁を作り、しその実を入れてひたすら煮詰める。いつの間にか煮汁はすっかりなくなっていて、あまじょっぱいタレの香りとしその実の爽やかさと土臭さが混ざって、食欲をそそる。スプーンで少しだけすくって味見すると、ねっとりと煮詰まったタレの中からプチプチしたしその実が現れて、なんとも心地よい。

 翌日、炊き立てのご飯にしその実を混ぜておにぎりを作った。あのときの味にはかなわないけれど、我が家の初秋の定番になりそうだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?