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デジタルバレンタイン #毎週ショートショートnote

 頭の後ろをポリポリ掻きながら、初めてのバレンタインチョコを受け取った。

 加住さんと出会ったのは半年前に荷物を届けに国営農作機関に向かっている時だった。案の定地下通路の中で迷い、奇跡的にそこに勤めているという女性にでくわして場所を案内してもらった。それが加住さんだった。荷物を届けるたびに少しずつ会話をするようになった。

――でも、これってホンモノのチョコレートなの?
 僕達が普段口にしているのは過去に地球上に存在していた農畜産業物を模して造られた人工食品だ。しかし、少なからずホンモノの食品も存在しており、義理の相手には人工食品のチョコを、本命の相手にはホンモノのチョコをプレゼントするという噂が流布していた。ふとそんな疑問が頭をよぎり思わず口にしてしまった。
――冗談で渡したりしないよ。

 それから同棲を始めた。そんなある日、僕が体調を崩して早退すると、自宅から職場に通信をしている彼女の声を聞いてしまった。
――もちろん、シンノスケが一番よ。
 激情した僕は、その通信を遮って彼女を問い詰めた。
――やっぱりあのチョコはニセモノだったんだろ。
 初め彼女は蒼白になってこちらを見つめていたが、徐々に血の気が戻っていき、しまいにはふっと笑って、それが育成候補の米の品種だと教えてくれた。僕は怒鳴ったことをすっかり恥じ入り謝りそうになったが、咄嗟に彼女はそれを制した。しかし、謝らなければ気が収まらない。僕は思いきり頭を振り下ろした。

 ブチン。

 次の瞬間、彼女が消えた。部屋が消えた。地下通路が消えた。四方はただ白い壁が囲むだけで、何かあると言えば、天井から垂れ下がった千切れた数本の管だけだ。僕は首の後ろに残っている管の端を引き抜いた。
「あの世界がニセモノだったのか」

<了>


たらはかに(田原にか)様の下記の企画へ参加しています。


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