余は如何にしてホストとなり,そして即刻クビとなりし乎

 2月で前のバイトの契約期間が満了となって泣く泣く退社したのち,4月から個別指導のバイトを続けていたのだけど,度重なる遅刻と欠勤によってシフトの数を減らされ,末期には1ヶ月に4コマのみの出勤,という状況になっていて,別のバイトを探す必要が出てきた.そこで,だらっとしていてそんなにきっちりとした接客態度が求められなくて,それに以前から吸うだけじゃなくて作ることにも興味が出てきていたのでシーシャ屋のバイトを始めてみたいと思い立った.すぐにネットの求人サイトで,難波か梅田周辺のシーシャバーが求人を出しているのを見つけ,すぐに応募してみることにした.名前は流石に伏せるけれど,今思えば名前からして,ぼくが想像していたのとは正反対の,脳みそを空っぽでひたすらにテンションが高そうな,嫌な感じの屋号だった.

 求人サイトから応募すると,ほんの数日でメールがあり,すぐに面接を取り付けてもらえることになった.指定された住所に向かっているとき,周辺の環境が明らかにおかしいことに気がついた.そこかしこにホストクラブやキャバクラのでっかい掲示物が出ていて,道にはいかつい男の客引きと,メイドさんの客引きでひしめきあっている.あー,ミスったなこれ.すぐにそう思った.10分前に面接場所の店舗に着くとまだお店は閉まっていて,声をかけてみても全く返事が返ってこなかったので結構暑い中10分ほど待つことになった.帝国になって店舗が入っている雑居ビルのフロアに現れたのは,前髪がきっちりと整えられた,やけに目鼻立ちのしっかりしている,小太りのおじさんだった.早速店の中に入れてもらい,履歴書を手渡すと面接が始まった.

 もう採用が決まっているかのような口振りで話を進めていく相手の様子に違和感を覚えていたけれど,というか立地とか,同じ雑居ビルに入っている他の店舗の雰囲気とか,違和感なんてあげればキリがないくらいにたくさんあったけれど.まあでも時給がかなり良かったのと,勤務時間が深夜のため,大学の授業と被らないという理由から,もうここに決まったらここで働こうと思っていた.ところが事務的な話を適当に聞き流していると,耳を疑うような言葉が相手から出た.
「ところで,研修は系列店のホストクラブに入ってホストとして働いてもらうことになってるんだよね」
「じゃあやめます」とは言えず,相手の話のペースにずっと巻き込まれたままただ圧倒されていた.
「ホストっていうのはね,接客スキルが最も求められる職業の一つなんだよ.接客だけでたくさんのお金をいただく職業な訳だからね.そこでしっかりと修行してもらってから,うちのバーで働いてもらいたいわけ」
 ここで断った方が良かったのだけれど,時給がよかったのと,こんなみるからに詐欺の案件に乗っかってみたら,何か話のタネになるような面白い経験ができるんじゃないかと思って,その話を快諾した.

 初出勤日当日,かなり緊張しながら指定されたホストクラブに向かった.到着すると,まずはVIP ルームに通される.そこでホストをやる上での禁則事項を言い渡された.1つ目は客の職業を聞かないこと.これはおそらく想像がつくと思うけれど,ホストクラブで毎月数十万,数百万円も使うような女性は十中八九水商売をしているからだ.おっさんのチンポを舐めて必死に稼いでいるのに(汚い表現だが説明をしていた副社長を名乗るホストは実際にこの通りの表現を使っていた)ホスト側が能天気に「何の職業されてるんですか?」などと聞くのは非常にデリカシーがないから,という説明を受けた.2つ目は客と連絡先を交換しないこと.これはホストが受け持ちしている客を横取りする,いわゆる”爆弾行為”と呼ばれるもので,ホスト業界では禁忌とされている.3つ目は担当ホストとの関係を聞かないこと.ホストは複数人の客に対していわゆるガチ恋営業(あなたとは真剣に交際している,本当に好きなのはあなただけだと言って関係を結ぶ営業)をしていることがあって,だから関係性を大っぴらにするとまずいことが起きるということがあるためである.以上の三つの禁則事項を破ると150万円の罰金を支払ってもらうことになっている,そう言われて,うっかりで破ってしまった場合大変なことになってしまうと,大変怖い思いで聞いていた.

 研修が始まると,まずすぐに客のところへヘルプに回されるものだと思っていたのだが,最初はバックヤードでタバコを吸いながら,ただ今回付き添いでついてくれたホストの人と雑談するだけで2時間ほどが過ぎていった.その後もなぜが客のいるところへは行かず,客席に座ってお酒を飲みながら手が空いているホストが代わりばんこでやって来て,ただ雑談するだけで1日の業務が終了した.次回の出勤日については後日連絡を入れる,と言われ,その日は終電までに帰らされた.そして1週間待っても連絡が来ることはなかった.

 この記事を書いている今日はその出勤日から日数的にもうすでに1ヶ月以上経っているが,いまだに連絡はない.つまり,研修の途中で不採用になったのだった.客のところへは回らず,ただホストと雑談をしているだけでお金がもらえてハッピーと思っていたが,実際はその雑談の中からぼくのコミュニケーション能力を測られていて,その結果接客の才能なしと判断されて不採用となったのだった.つまりハッピーだったのは僕の頭の中だけだったということだった.悔しい,もう一度やり直したい,とは別に思わないけど,どんな職種であれ適正なしと判断され雑に捨てられるのはなんだかなあと思うのでした.おしまい.

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