読書メモ、五十人の娘のうちにただ一人だけ

つまり花嫁たちは各自おのが夫の命を奪うのだ、
両刃の剣を喉元から噴き出す血汐に染めながら。
ただ一人の娘だけ、添い寝の夫のいとしさ故に
殺し得ないで、決意をにぶらせる者が出る。
そして二つのうちの、他方を望むことであろう、
血まみれの女と言われるよりも、
臆病者と呼ばれるほうを。
その娘こそアルゴス王家の祖となるものだ。

アイスキュロス「縛られたプロメテウス」
(臆病者)ヒュペルムネーストラーはリュンケウスを逃がしたとき、互いの安全を烽火で知らせ合うことを約束した。そこでリュンケウスはリュルケイアまで逃げたときに烽火を上げ、またヒュペルムネーストラーも安全になるとアルゴスのアクロポリスのラーリサから烽火を上げて知らせた。烽火祭はこれにちなんで始まったとされる。

Wikipedia「ヒュペルムネーストラー」

五十人の娘のうち、一人の臆病者がアルゴス王ダナオスの命に背き、新郎リュンケウスを殺さずに逃した。二人を再び結びつけたもの、それがプロメテウスがゼウスのもとから盗み得た天界の火であった。

長く苦痛な歳月を経て、二人の裔、ペルセウスがプロメテウスの鎖を解くとき。


火と鎖、追い求めてはならない縁(えにし)、勇者と臆病者、交わらずに縺れるだけの孤独と孤独。アイスキュロスの筆は、そこに催し物としての悲劇ではなく、自身への失われた哀歌を求めていたのかもしれない。「血まみれ」は目に映らない、そんな美学の成就を願い。


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