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いずみちゃんとバタつきパン

学生時代、妙に突っかかってくるクラスメイトがいた。彼女はいつも冗談のフリして、言わなくていいことを言ってくるのが常だった。私の会話を途中でさえぎり「それ死語だよ」と笑ってみたり、私の服の袖を引っ張って「こういうの昔流行ったよね」と笑ってみたり、向こうから歩いてくる私の彼氏を指差して「あのジャケット、ダサいよね」と笑ったりした。正面切って「バーカ」と罵倒してくるならまだ戦うこともできるのだが、こういうちょっとした悪意の冗談は戦うのが難しい。今ならにこやかにビシッと言い返せるが、若い私にはちょっとできないスキルだ。なので私は「とりあえず彼女には近づかない」という消極的な方法で毎日を過ごしていた。

彼女が私に突っかかってくる理由は2つあった。ひとつは名前が同じ「泉」だということ。同じ名前だなんて生意気だ。このグループに泉は1人で十分、というわけだ。

いやいや、そんなこと私に言われても困る。名前つけたのは私じゃないもの。苦情があるなら親に言ってくれ。改名させたいのなら費用は持ってくれ。それに泉程度で同名の文句言ってたら、久美子さんや由美さんはどうなる。今の時代なら陽菜さんとか大輝くんもだ。ちくしょう同名ばかりではないか、と街をさまようことになってしまう。

バタつきぱん

泉ちゃんが突っかかってくるもうひとつの理由は、Mちゃんの存在だった。Mちゃんは私の友人で、頭がよくて、心が清らかで、公平なモノの見方をする逸材だ。泉ちゃんが「自分の親友にふさわしい」と判断するのも無理はない。だから勝手に仲良くなってくれれば別に問題はないのだが、泉ちゃんの脳内では「Mちゃんがイマイチ心を開いてくれないのは、あっちの泉(じろまる)のせいだ。あいつがMちゃんにつきまとっているから...!」となっていたのである。それで私を蹴落とし、Mちゃんから引き離すため、細かい努力を重ねていたのだ。

努力の方法は冒頭に書いた「地味にダメ出し」以外には、突然会話に加わってきて「大きな声出すから、Mちゃん迷惑がってるよー」とか「そんな言い方したらMちゃんがかわいそーう」とか、ハタチ過ぎの人間がやるには幼稚すぎる扇動。そして、連れ立ってどこかへ出かけようとする私とMちゃんの間に無理矢理割り込み、強引に同行する方法がよくとられた。

あの日もそうだった。私とMちゃんは雑誌に出ていたオシャレカフェに行こうと約束していた。当時の我々は若く、経験もなく、都会のオシャレ店には臆するのがデフォで、だからその日は2人ともいつもよりちょっとオシャレして臨戦態勢にあった。それをめざとく見つけた泉ちゃんが「どこか行くの。私も行く」と割り込んできたのだ。

信念を持った粘着体質には、嫌がっている顔などまったく通用しない。あれよあれよという間に我々は押し切られ、オシャレカフェに3人で座っていた。カフェといっても昭和のこととて、パンケーキなどあるわけではない。飲み物以外はチーズケーキ、トースト、アイスクリーム程度だったと思う。私はマンデリンとバタートーストを注文した。他の2人も追随した。

バタつきパン2

正直私は怒っていた。本当なら今日は、Mちゃんと進路について真面目な話をするつもりでいたのだ。Mちゃんからも「家族の反対」について話したいことがあると言われていたし、私もMちゃんの見解を聞きたい事項があった。泉ちゃんが割り込んでこなければ、とっくに本題に入っていたのである。そんな私の気も知らず、彼女は自分の仕事に忙しい。自分の仕事とは、いつもの「じろまるの一挙手一投足を冗談めかしておとしめる」ことだ。その日もせっせと、どうでもいいことを突っ込んでは笑い物にしてきた。

ちょっと大きめの声で笑われたのは、私がバタートーストをかじった時だった。

「あっはっは。それマナー違反だよ。女の子なのにかぶりつくなんて恥ずかしー。ちゃんと皿の上でひとくちずつにちぎってから口に入れないと、みっともないよ。え、今までずっとそうしてきたの? はーずかしーい」

泉ちゃんはその日、なんかいい波乗っちゃってたんだろう。いつも以上にじろまるを追い詰めるべく、しつこく「かぶりつくのはマナー違反」を繰り返す。しかし私はそれどころではない。だめだ。泉ちゃん、それ以上言ってはいけない。やめて。黙って。あなた何をしているのかわかってるの。もう我慢できない。限界だ。ごめん、さえぎるよ。私の意見を言わせてもらうよ。

「泉ちゃん、もうそれくらいにして。Mちゃんもかぶりついているんだから」

ヒッと振り向いた泉ちゃんの後ろで、トーストにかじりついたままMちゃんが固まっていた。泉ちゃんは私への攻撃に夢中になりすぎて、ちょうどMちゃんがトーストをあんぐりかぶりついていたのが見えなかったのだ。大好きなMちゃんが「私も...マナー違反?」と逡巡したまま止まっていたのに気づかなかったのだ。

その日どうなったのかは覚えていない。ただそれから泉ちゃんはピタリと、Mちゃんにまとわりつくのをやめた。そして今度はKちゃんにロックオンしたのだが、その後のことは知らない。

玉ねぎのブラマンジェ

【バタつきパン】

バタートーストなんてパンにバターだけだろ、レシピを教えてもらうまでもない、と思ってるそこの君。そう、君が知ってるのは「俺のバタートースト」だけだ。世の中には数えきれないほどのバリエーションが存在する。ざっくり分けただけでも、ほらこの通り。

これに細かいマイルールを加えると、もう同じ料理とは思えないくらい千差万別なんである。今回は聞かなかったが「ジャムなどのちょい足し」までアンケートをとったら、すごいことになるんだろうな。ちなみに今の私は「焼いたところへ冷たいバタをまあまあの量乗せてすぐ食べる」方式だ。これだとバタがすぐ減るので、常に新しいバタを食べることができるメリットがある。おまけにバタの重さで筋トレにもなる。真似して欲しい。

では皆さんのマイルールをいくつかご紹介しよう。

・塗ってはかじり、塗ってはかじり
・焼いている途中にバターの塊を乗せ、もう少しだけ焼き、半溶けバターを楽しむ。数秒の差で溶け具合が変わるところが勝負!
・焼いたトーストをあえて冷まし、そこに冷たいバターを乗せる
・焼いてから上にサッと塗って、残りをトースト切り口(断面)から中に押し込む
・バターをフライパンで溶かしてから、それをパンに吸わせる

バターをフライパンで溶かしてパンに吸わせる

どれもこれもいい。みんな「俺のバタートースト」をより自分好みにするための努力を惜しまないところが最高だ。今回は「バターとパンの温度差」「熱いバターと冷たいバターの温度差」「バターがあるところと無いところのまだら」「カリッとした部分と、ジュワッとした部分のコントラスト」など、ムラや不均等を愛する声が印象的だった。またアンケートやります。

ご飯ですよ


めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。