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NON-NOクッキングブック

「#まるのつかない日は料理本デー」
今回ご紹介するのは「NON-NOクッキングブック」です

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記憶にある最初の家族旅行は、5歳頃だろうか。私はやっと1人で身支度できるくらいの大きさで、妹は幼児、弟は赤子に毛の生えたような生き物だった。千葉の家から真っ赤な自家用車に乗り込み、目指すは箱根の山。うちの非力な車が箱根の坂を登るのにキュルキュルと悲鳴をあげていたことは、その後も幾度となく晩ごはんのテーブルで持ち出され、親の楽しい思い出として語られた。ただ私はあまりに小さかったため、箱根のどこを観光したとか、ホテルの部屋の様子とかはほとんど記憶にない。

ただひとつだけハッキリと記憶しているのは、朝食だ。白いテーブル、差し込む朝日の輝き、窓の外には緑色の芝生、店内には白いピアノもあった。そして銀色のカトラリーが5歳の手には大きすぎたこと、うやうやしく「和食と洋食のどちらになさいますか」と尋ねる男性スタッフの柔らかい物腰も覚えている。「朝食を選べる」なんて体験はそれまで5年間の人生にはなかったものだから、めちゃくちゃ興奮したことも覚えている。

選ばれたのは、洋食でした。

朝ごはん

そりゃそうだろう。5歳だ。洋食に決まってる。世の中には和食派の5歳もいるだろうが、8割は洋食を選ぶと思う。だって洋食は派手だ。卵ひとつ取っても黄色いスクランブルエッグ、ツヤめく目玉焼き、美しいオムレツ、半熟具合がとてもよろしいゆで卵と多彩である。そこにハムやらソーセージやらベーコンが加わる。パンにはジャムも付いてくる。大好きなコーンポタージュもあるかもしれない。スターターがジュース、てのもたまらない。メニュー写真をチラ見しただけで私は即「洋食」と決めた。

ムシャムシャと洋食を味わっていると、少し遅れて両親の選んだ和食が運ばれてきた。ん? あれはなんだ? ひとめ見るなり私は激昂した。「なんかズルい!お皿がいっぱいある!」

今思えばそれは、いわゆる旅館の朝食的な、なんでもちまちま小皿に乗っけたよくあるものだ。だが私の人生で、そんな朝ごはんを見るのは初めてだった。5歳がもう少し落ち着いて皿の中身を見れば、それが当時は嫌いな塩辛や、取るに足りない野菜の煮物や、存在意義がわからないワサビ漬けであることに気づいたかもしれないが、皿数の多さと器の華やかさが邪魔して真実を見ることができない。なんだかわからない初見のものは、たいてい実態よりずっとよく見えるものだ。なので私はその日ずっと「ズルいズルいズルい和食にすればよかった嫉妬嫉妬嫉妬」とぶすぶすしながら過ごしていた。はじめての家族旅行の思い出は、それだけしかない。

マノス

「少量多品種」それが私の愛するごはんスタイルだ。いろんなものをちょっとずつ食べたい。大好きなカレーも単品大盛りではなく、数種類のカレーをあいがけしたり、カレーだけでなくちょっとしたおかずがたくさん盛り合わせてあるかたちを好む。

バイキングが好きなのも、ひとくちずついろんなものが食べられるからだ。なので同じ食べ放題でも「ライスおかわり自由」とか「麺5玉まで無料で増やせます」とか「ナン食べ放題」には興味がない。ただしそのライスが「全国各地の銘柄米を40種類炊いてあります」だったら話は別だ。40種類すべてを口にするまで、店を出ることはないだろう。たとえお腹がはちきれようとも、だ。

5歳で目覚めた「少量多品種主義」は年齢とともにますます加速していった。今回ご紹介するNON-NOクッキングブックは、1人暮らしをはじめた年に買ったものだが、ページの隅っこを折ってマーキングしてるページはどれも同じテイストである。

カナッペ大集合!

カナッペ2

おむすび大集合!

おむすび

オープンサンド大集合!

カナッペ

「ちょっとずつ、いろんなもんが、色とりどり」が大好きなことが丸わかりだろう。そういえば小さいころから「からすのパンやさん」の、あの例の見開きページも大好きだった。当時は料理の腕はなかったがやる気だけは十分だったため、せっせと小さなおにぎりを作ったり、サンドイッチ用のパンを四等分に切ったりしたものだ。写真撮っておけばよかったなあ。

からパン


では例のごとく、本の中からいくつか紹介していこう。

・オムレツ

プレーンオムレツ

NON-NOクッキングブックはその名の通り、女性ファッション誌「NON-NO」に掲載されたレシピページから派生した料理本である。対象年齢はおそらく高校生から20代前半だろう。だがそれにしては要求されるスキルが高すぎるのが、当時から気にはなっていた。

例えば「基礎編」として卵料理のトップに登場するのが「プレーンオムレツ」である。しかも卵とバターだけで何の小細工もせず、フライパンで半熟の見事な紡錘形に仕上げるのだ。こんなのを「基礎」と言われたらたまったもんじゃない。


・コロッケ

コロッケ

そして「人気メニュー」としてハンバーグやグラタンと並んでいるのがコロッケである。といってもただのコロッケではない。ガチのクリームコロッケだ。ベシャメルソースを手作りし、有頭エビや生クリームでコクを出し、キメの細かいパン粉で仕上げた「資生堂パーラーかよ!」てくらい高貴なクリームコロッケだ。ハタチ前後の女子が晩ごはんにこんなもん作ってたら、ビックリしちゃうよ。


・目玉焼き

目玉焼き

私は「バリエーションが広がる」のがとても好きだ。1つ何かを作れるようになったら、それを応用して幅を広げていくような料理の仕方が好きなのだ。なのでこの本で目玉焼きの焼き方を5種類も教えてくれたのはとても嬉しかった。自分が作るいつもバラバラの焼き加減に、名前がつくのが面白かった。彼氏に「この目玉焼き、焼きすぎじゃない」とか言われても「あ、ターンオーバー嫌いだった?」とか言い返すのは痛快でもあった。たとえ本当は焼きすぎてたとしてもだ。


・ハンバーグ

ハンバーグ

こちらもバリエーションページが素晴らしい。肉だねひとつから無限のアレンジ。そんなこと知ってるけどイザとなると忘れがちである。なのでこんなページをたまに見て「そうだ、自分にはアレがあった」と思い出すのだ。これまたカナッペやおにぎり同様「一堂に会す」タイプのビジュアルなので、全部美味しそうに見えるのもいいところ。

・帆立貝のカレーピラフ弁当

カレーピラフ

魚介類が好き、カレーが好き、コメも好き。そんなわけでシーフード系のカレー系のお弁当系には目が無い。このお弁当は時間がないときや、アイディアがないときに本当によく作ったものだ。ホタテだけでなくアサリやエビでもよく作ったが、最初に見たものを親と思ったせいか、ついシーフードで作ってしまいがちである。そして最初にお弁当スタイルで見たせいか、普段の食事よりお弁当のときに思い出しがちでもある。


・フルーツケーキ

フルーツケーキ

のちに「NON-NOケーキブック」とケーキだけの本も出たが、最初に出たクッキングブックにも少しだけスイーツのページがある。それがまたハタチ前後の女子に要求されるレベルをちょっと超えているのである。まして前回ご紹介した「秘密のケーキづくり」で徹底的に「簡単で失敗しない」を学んでしまった人には「材料多い」「手順多い」「こんなの近所のスーパーにない」「めんどくさい」が先に立ってしまうのではないかと懸念してしまう。

ミンスミート

なんと、このフルーツケーキは「まずミンスミートを作る」ところから始まる。さあいきなりハードルが高い。しかもイギリスの王道にならってちゃんと「牛のケンネ脂」が入っている。どこで買えるんだそんなもの。今ならわかる。気の利いた店の肉売り場に相談すればたぶん大丈夫。専門店ならなおさら。だが当時はまっっっっっったく見当もつかなかったため、ミンスミート作りは中断された。あのとき知っていればなあ。


・プティポア フランス風煮込み

プティポア

本書は13人のシェフや料理研究家によるレシピの集まりだ。こういった形式の本の中には、それぞれのレシピが誰の手によるものかいちいち書かれているものも多いが、この本はいっさい情報がない。ただこの料理は城戸崎愛先生のレシピだと、私は確信している。NON-NO本誌に掲載されていたときに、そう書かれていたような記憶があるからだ。今年94歳で大往生されたラブおばさんは、肉とバターいっぱいの豊かな料理を教える一方、こんな風に何気ないフランスの野菜料理も教えてくれた。グリンピースの煮込みにサラダ菜が入ることが若い当時は許せなくて「何かの間違いだ」と思っていたのだが、のちにそれは正しいとわかった。今ではサラダ菜を処理するために豆を煮ることすらある。本書の中で最も多く、最も長いあいだ作り続けている料理かもしれない。

パーティ

若いときに買った本を読み返すのは面白い。もうすっかり自分のものになっている知識や、自分の中から出てきたと確信しているような言葉が、実は読んだ本からきていることがわかったりするからだ。

NON-NOクッキングブックを久しぶりにめくり、私は「あ」と軽く声を出した。パセリとアサツキたっぷり香草ドレッシングで食べるキュウリサラダ、お前の出自はここにあったのか。自分のオリジナルだとずっと思ってたよ。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。