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「作り置き」ではなく「作りかけ」その2

「ははあ、やっぱり迷ったな」

ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべている主催者の顔を、私は声も出せずにポカンと見つめていた。その日はSNSのオフ会で、多くの人が集まることになっていた。私はあらかじめ「1時間ほど遅れる」と伝えてあり、実際には20分程度の遅れで済んだため、意気揚々と会場入りしたところだった。

「いえ、迷ってませんよ。そもそも遅れるって言いましたよね」

「いや迷ったでしょ。初めての人はみんな迷うんだよ」

「だから迷ってませんて。地図の通り来たら普通に着いたし」

「(ニヤニヤ)みんな迷うんだよね」

私が何を言おうと「迷ったでしょみんな迷うんだ」の姿勢を崩さず、主催者はニヤニヤしていた。

はああああ!? ちょ待てやおっさん。地図の読める女じろまるに向かってようそんなこと言えるな。だいたいお前の手書き地図がヘッタクソでよく見えないから、事前にガチガチにチェックしたんだ。「〇〇の交差点から1ブロック北上」の「1ブロック」が二条城なのも、事前にチェックしたから知ってるんだ。二条城の一辺が500mあるのも調べたんだ。それもこれも全部加味した上で、早めに到着したんだ。くそ暑い中急ぎ足でな!

...と、心の中で叫んだ。だって人はあまりに驚いた時には、声が出ない。迷ってないのに迷子と決めつけられ、私はカンカンだ。血圧も5000を超えていたと思う。主催者は「みんな迷うんだよね...」とニヤニヤしながら、奥の部屋へ消えていった。玄関には彼のニヤニヤ笑いの気配だけが残っていた。「チェシャ猫かよ!」と私の血圧はさらに上がった。

その会場は誰かの家で、噂に聞く京都の家らしく「間口は狭いが奥行きがある」タイプの2階屋だ。ぷりぷりしながらみんながいる奥の部屋へ行くと、そこは異常な暑さだった。京都の夏は暑いというが、ここまで暑いのか。小さな扇風機が隅の方に見えるが、風はこちらまでまったく届かない。仕方なく扇子を出してバタバタとあおいでいると、また主催者がニヤニヤしながら近づいてきた。

「涼しいでしょ。京都の家は玄関と奥の窓を開ければ、風が吹き抜けてすごく涼しいんだ。これも日本の知恵なんだよね」

いやいやいやいやいや、暑いです。死にそうです。なぜか私の隣に電熱器が置いてあるせいもあって、今にも倒れそうです。ちょっとみんな、なんで何も言わないの。これが京都なの。京都の殿上人は我慢強いの。

そして部屋は暑いくせに、周囲の人はなぜか異様に冷たい。何か話しかけても無視されたり、すぐその場を離れていったりと世間話にもならない。そのくせ仲間同士ではめちゃくちゃ盛り上がってる。え、いじめ? 私が遅れてきたから? 今まで京都人と仕事したことは何度もあるけど、こんな仕打ちをされたことはない。これが噂に聞く「イケズ」ってやつなのか。

私はなんだかつまらなくなってきた。迷子と決めつけられ、灼熱地獄に押し込められ、楽しい会話もない。面白いわけがない。おまけに酒と料理もマズイ。うん、頃合いを見て帰ってしまおう。とりあえずあと一杯だけ飲んで、30分くらいしたら出よう。そうしよう。

日本酒

そう決意して最後のお酒を取りに行くと、話しかけてくる人があった。

驚いた。今日初めて「話しかけて」もらった。しかも特に用があって話しかけてきたわけではなく、ごく普通の世間話だ。相手はなんともキレイなおばあさまで、祇園のあたりでお店をやっているのだという。なるほど、それで声のかけ方もごく自然で感じいいのね。

とはいえ私はもう帰る決意を固めていたし、その方も人気者だったから長時間独占することはなかった。ただ短い時間内でも、とても印象的なアイディアをいただいたことは覚えている。それは同じ飲食店を営むもの同士として、食材をどう生かすかの話をした時だ。

ひとつの食材に、3つの美味しいやり方があればいい。

確か私が「もっと料理のバリエーションを増やしたい」というようなことを言ったのだと思う。するとその方が「あれこれ浮気しなくても、ちゃんと美味しく作れるやり方が3つあればやっていける」とおっしゃったのだ。

「例えば菜っぱなら、おひたし、白あえ、ゴマあえの3つが美味しくできたらそれでもう十分だと思いますよ。別の食材を使えば味も目先も変わります。素材は季節ごとに星の数ほど出てくるので、そうしたらあなたのレパートリーは星の数×3ということじゃないですか」

この「3つの美味しいやり方」という考えが、私はとても気に入った。自分が好きな味、美味しく作れる王道のチョイスが3つあれば、料理に困ることはない。この方は京都だし和食がお好きなようだから、白あえゴマあえが候補になるが、ここは自分の好きで変えればいい。バター/ケチャップ/マヨネーズの3つでもいいと思う。自分が美味しいと思うものを選べばいい。

なっぱ2

前回の「作り置き」ではなく「作りかけ」で作ったものも、味をつける際に「3つの美味しいやり方」からチョイスすると間違いがないし、あまり悩まずにすむ。その日の気分に合わせて変えると言っても、どんな味つけにしよう〜といつまでも悩んでいては逆にストレスがたまる。必勝パターンを自分の中に作ると、頭が働かないときもうまくいく。

ほうれん草

前回の「青菜の作りかけ」を例にとろう。私なら

・ゆでて、ごま油と塩でナムル
・オリーブオイルとにんにく唐辛子で、アリオリ蒸し煮
・クミンとマスタードシードでサブジのようなもの

の3つが王道パターンだ。もちろんその上に「ゆでてポン酢ぶっかけただけ」とか「ただ炒めて塩胡椒しただけ」とかもあるが、それはまた別のおはなし。

アレッタ


ではここで、野菜以外で私がよく買う食材の「3つの美味しいやり方」を紹介しよう。もちろん私たちは「買い物はしたものの帰宅したらやる気ゼロ」が通常なので、まずは冷蔵庫へ入れることができたら良しとする。

もう少し気力があれば、すぐ食べる冷蔵分と、保存する冷凍分を小分けしてみよう。味つけなんてしなくていい。そこまで出来たらホントすごい。

もしも、もしも、あともう少しだけ気力があったなら、ほんの少しの味つけをしてみようじゃないか。ここで初めて登場するのが「マイ3つの美味しいやり方」である。

1・手羽先の場合

手羽先のなま

チキンスペアリブなどと呼ばれる、手羽先をさらに半割りにしたものに味をつけ冷凍しておくと便利である。あと少し肉料理がほしい時に、さっと解凍して魚焼きグリルで焼くだけ。うちはオットが手羽先を食べないので、自分ひとり分として4本くらいずつの少量で作っている。手羽先の必勝3パターンは例えばこんな感じだ。

・塩にんにくマスタード
・醤油みりん生姜
・塩ヨーグルトにんにくカレー粉

カレー粉

手羽先

調味料はたっぷり使ってもいいが、あえて少なめ・物足りない味つけにしておいて、食べる時の変更の余地を残しておくと、その場で気が変わっても対応できる。


2・秋鮭の場合

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これからシーズン真っ盛りの「秋鮭」も同じように多めに買ってきては、3つの美味しい必勝パターンで保存することが多い。味つけはこんな感じ。

・塩オイルにんにく
・好きなハーブとオイル、レモン
・味噌や醤油を軽くからめる

焦がさないように気をつければ、凍った状態から焼いてもOK。


3・豚肉の場合

焼き豚のたれ

塊なら、5×5×15cmくらいの棒状に切り分ける。ロースの切り身はそのままで。調味料と肉を合わせ、ポリ袋に入れる。面倒だったらポリ袋に直接調味料を入れ、肉を入れて軽くなじませればいい。うちは焼肉のたれが余ると、肩ロースを漬けてチャーシューもどきとして楽しんでいる。

・焼肉のたれ
・味噌みりん
・エルブドプロバンスのようなハーブミックスとオイル

豚ロース


人の数だけ「3つの美味しいやり方」は違うと思う。自分の必勝パターンが決まると本当に楽なので、ぜひ試行錯誤してほしい。

どんな食材も、1~2日なら冷蔵庫で。それ以上は冷凍しておく。とりあえず焼くだけで「手料理っぽいもの」が食べられるのは、この世の極楽だ。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。