餃子の表紙

あなたの思い出いただきます②鳥せんべい

「永遠に忘れない」と心に刻み込んだ大事な思いを、必ず忘れてしまうのはどうしてなんだろう。今までの人生、だいたいこんな感じだ。何もかも忘れてばかりだ。

Yくんのことも「一生忘れない、心のずっと奥の方に大事にしまっておく」予定だった。好きで好きでたまらなくて、押して押して押しまくって、押してもダメだったので引いてみて、前から横から斜めから考えつくあらゆるアプローチをし、気持ちをぶつけまくり、ヘトヘトに疲れたころ私はようやく「ダメだ、どうやら彼は私のことを好きにならない」と悟った。「でも私の愛は変わらない。一生モノだ。ずっと、ずっと、彼のことは忘れない」と涙ながらに心にしまった。それがどうだ、今じゃ下の名前すら忘れてる。どんな顔だったのかもあやふやだ。何が永遠だ。何が一生モノだ。どんなに激しく深い愛も、年月の前には無力なのだ。

久しぶりにYくんのことを思い出したのは、先日「 #あなたの思い出いただきます 」に投稿された、こちらのツイートを見たからだ。

ああ、なんで忘れていたんだろう。私はこの料理が大好きだったじゃないか。一人暮らしを始めてから10年以上も「マイフェイバリット鶏むね肉料理」として、めちゃくちゃ作っていた料理じゃないか。私は「とり胸肉チップス」ではなく「鳥せんべい」と呼んでいたが、作り方はほぼ同じだ。鶏むね肉の皮をはいで肉だけをスライスし、麺棒などで叩いてさらに薄くして揚げる。なましぼりさん家は素揚げだが、私は片栗粉をたっぷりはたいてから揚げていた。ふり塩だけでナイスな美味しさ。ポン酢をかければ変化球。油淋鶏みたいなネギソースでも作ればもう大ごちそうである。

スライス

片栗粉まぶし

ご存知の通り、胸肉は熱の通し方が非常に難しい。意外と火の通りが悪いし、そのくせあっという間にすぐパサつく。モモ肉なら多少やりすぎてもどうということはないのに、胸肉のちょうどいいアルデンテの時間は刹那と言ってもいいほど短い。一人暮らしを始めたばかりの初心者が挑むには、実のところちょっとハードルが高い肉なのだ。

私も安いからと言ってうかつに手を出しては、パサパサに泣いたいくつもの夜を過ごした。もう胸肉とは縁を切る、と意固地になった日もあった。そして試行錯誤の末たどり着いたのが「鳥せんべい」だった。これは本当にオススメだ。お酒にもご飯にもあう。おやつでもいい。和でも洋でも中でもないが、調味料次第でどれにもなれる間口の広さがある。そして安い胸肉一枚で「え、こんなに!」ってくらい、お皿にもりもり山盛りになる。スンバラシイ。

鳥せんべい

今回数十年ぶりに作ったところ、普段は「...胸肉か...」とあからさまに肩を落とすオットが「なんだこれ!めちゃくちゃうまいな!え?胸肉!?これなら毎日作ってもいいよ!」と、ちょうゴキゲンであった。家に胸肉嫌いさんがいる人は、一度作ってみて欲しい。薄くするのが面倒かもしれないが、そこがキモだ。ラップに挟んでペラペラになるまで叩くこと。叩いているうちに急にムラムラと楽しくなってきたら、それが鳥せんべいがあなたのスキルになった証拠だ。もう大丈夫。

比較画像

伸ばす目安はこんな感じ。少々ちぎれたり、穴があいても気にしなくていい。揚げてしまえばこっちのものだ。

最初にはいだ皮は、ホイルに乗せて魚焼きグリルで焼いて塩と七味で食べるのがうちの定番。焼き鳥の皮が好きならこれもぜひ作って欲しい。唯一の欠点は、揚げ物の方に注意が行きすぎてグリルのことを忘れてしまいがちになること。食べる段になって「あれ、今夜は何か物足りないな」と思うけど気づかない。翌朝も気づかない。次の夜に「さて魚でも焼くか」とグリルを開けて「ギャーッ」となること多々である。これだけ気をつけて欲しい。

画像2

Yくんは私のことを哀れに思ってくれたのだろう。「愛せなくてごめん」という気持ちもあったのだろう。愛こそくれなかったが、私が「〇〇のケーキが好き」といえば買ってきてくれたり、「〇〇という映画が面白かった」といえばサントラを買ってくれたり、「読みたいけど高いから買えないな」と言ってた本を買ってくれたり、キレイな鉱石をくれたり、ヒスイを篆刻して私のハンコを作ってくれたりと、恋人でもしないようなことをいっぱいしてくれた。そして私は友達から「気持ちをぶつけて金品をもらう...当たり屋だね」と言われるようになった。

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めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。